ガラスの靴と壁の花
演劇部再開3日目にして、実質的な活動初日。
能力を測る目的も兼ねて一通りの練習をさせてみたのだが、これがなかなかどうして。連中の素質に、あたしは驚いていた。
まず部長の藤沢みつき。
独学で練習していたというだけあって、腹式呼吸も演技もそれなりにできている。
かといって悪い癖もついておらず、肺活量と度胸さえあればこのまま舞台に出せるレベルだった。
次に毛玉こと、副部長の高上利久。
勧誘の時に見てはいたが、演技となるとそれこそ多重人格者かと言いたくなるほど、役になりきるのが上手い。
そして普段はまるで低い声なのに、自然な女声を自在に操ることができる…七色の声。
技術面はさすがに素人だが、変な癖がついていない分、かえってやりやすいだろう。
1年の桜木ちさと。
とにかく元気で、演技にもメリハリがある。藤沢とは逆のタイプだ。
現時点では、学芸会程度の舞台なら彼女が一番舞台映えするだろう。
あと角田こと郷田猛だが…まあこれが普通だろう。他の3人の出来が良すぎるだけだ。
だが毛玉がいくら多才とはいえ、独りでできる演技には限りがある。そうである以上、角田も貴重な戦力だ。
それに角田には、別にやってもらうこともある。多くは望めない。
30分を残したところで練習を止め、全員を一列に並べる。
それほどキツい練習でもなかったが、それでも藤沢と桜木は肩で息をしていた。
体力作りも考えていかないといけないか。
「 | いや、みんななかなかスジがいいよ。去年の連中よりよっぽどいいくらいだ。それで、だ。早速なんだが、あんたらには舞台をやってもらおうと思う」 |
まるで他人事のような毛玉を除いて、あたしの言葉に3人が目を丸くする。
「 | もうですか!? だって私たち、今日が初練習ですよ?」 |
「 | こういうのは、実際にやってみるのが一番いい練習になるんだよ。何の目的もなく、発声練習だのをだらだらやってるよりゃよっぽどいい」 |
「 | 考えな。1人2役でも3役でもやって役を使いまわせ。なんならあたしも舞台に上がる。これで5人だ」 |
「 | 演目は」 | 「 | それを考えるのもあんたらの仕事だ。脚本も自分たちで書くんだ。やりやすいように調整しながらね。『できるかな?』じゃない、『やる』んだよ」 |
桜木が呆れたように言い、角田が乾いた笑いを漏らす。
藤沢に至っては、まるでこの世の終わりのように青ざめていた。
「 | それじゃあまずは演目を決めましょうか。藤沢さんは演劇部を作って、何か演ってみたいものがあったんじゃないですか?」 |
相変わらずの冷静な声で、毛玉が言う。
本人が拒否したので副部長になっているが、やはり部長は毛玉の方が適任だったのではないかと思う。
「 | え? え、えと…あの…その……さ、桜木さんは?」 |
桜木から返事をもらった藤沢が毛玉に向き直り、頬をぷうっと膨らませてこくこくと頷く。
これでも大分慣れてきている方だったが、自分の意見を主張するのはまだまだ難しいらしい。
「 | その辺りはなんとかします。試しに私が脚本を書いてみますから、良ければそれで行きましょう。郷田さんはそれでいいですか?」 |
「 | ああ、はい。構いません。ではその方向で道具と衣装を調整しておきます」 |
「 | まあ仮に5人集まってて部として認められてたとしても、予算会議が終わった後だから特別流用の500円しか出ないんだけどね。布地は角田の方で用意できるんだったよね?」 |
「 | ああ、はい。あとセット用の資材も、竹と廃段ボールを使えば木と板の代わりにできると思います。学校の近所に、竹林を持ってる家がありますよね? 頼めば譲ってもらえるんじゃないでしょうか」 |
「 | ふん…なるほどね。まあ足りない分はあたしが負担するさ。でも安月給だから、極力考慮してくれると助かる」 |
「 | 背景や建物の絵は、その段ボールの上に描くんですよね? 絵の具とかどうします?」 |
「 | パソコンで拡大印刷して、それを貼り付けましょう。紙は印刷室の再生紙を使えば、ある程度枚数が嵩んでも問題ありません」 |
「 | 描くのは普通の紙で構いません。それを取り込んで拡大します。その辺りは私がやります。必要なら絵の具や筆は提供します」 |
この学校では2年になると美術、音楽、習字から1つを選択、そして生物と化学、日本史と世界史からそれぞれどちらかを切り捨てて1本に絞ることになる。
なぜ芸術枠を1年ではなく2年で取るのか前々から疑問だったが、これについては学校の方針だからとしか言いようがない。
「 | 音楽は期末があるそうですし、習字は苦手ですし。単なる消去法です。別に得意というわけじゃありません」 |
「 | あんたの声なら、音楽でも良かったと思うんだけどねぇ。そしたらあたしが手取り足取り仕込んでやったのに」 |
「 | 桜木さん、印刷室に案内します。衣装のデザイン画を描いたり、どのみち紙は今後必要になりますから」 |
まったく、ユーモアの通じない相手というのはどうも苦手だ。
そんなことを思っていると、毛玉が扉の取っ手に手をかけたところで、何かを思い出したように振り返った。
「 | ……そうだ、藤沢さん。後で脚本の手直しをお願いできますか?」 |
「 | はい。藤沢さんは詩歌が得意だと聞きました。私の文章はどうも無機的なので、台詞などの手直しをお願いしたいんです」 |
言って、藤沢が嬉しそうに微笑む。
そこであたしは気がついた。みんなができることをする中で、藤沢が孤立していたことに。
本来なら、手を差し伸べるのはあたしの役目だ。毛玉が意図してそうしたのかどうかは分からないけれど、これまでだって、あたしよりもずっと藤沢に気を配っていた。
本当に何もできないでいるのは、もしかしたらあたしの方なのかもしれない。
それはショックではあったけれど、内心、嬉しくもあった。