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第01話
小魔法国の魔女

12人かぁ……」
 今日はラグナラ神学校の入学式。
エレノア、リチャード、フィオリナ、ノーラの4人は、午前中で終わった学校を後にして街に遊びに来ているのだが、いつも元気が取り柄のはずの少女にどうにも覇気がない。
あはは…レナちゃん、ずっと『先輩になれる!』って楽しみにしてたもんねぇ」
今年は他国からの入学生がほとんどいないって話だからね。無理もないよ」
でも、例年より少なかった私たちの年でさえ19人だよ? なに?12人って」
 魔法科はその素養を持つ者しか受け入れないので、他の科に比べれば言うまでもなく入学者数は少ない。
枠は他の科の1クラス分である40人分設けられているのだが、実際には25人前後で落ち着くことになる。
それでも例年は25人はいるわけで、12人というのは更にその半分ということになる。
仕方ないよ。今はクーヘンバウムとの間に緊張がある状態だしね。誰も好き好んで戦場になるかもしれない国まで来て、いずれ迫害されるかもしれない職業になりたいなんて思わないよ」
今でも、他国では充分差別の対象ですしね。唯一魔法使いが堂々と生きられるカナンがなくなってしまえば、ラグナラ神学校で魔法を学んだ意味すらなくなってしまいますし」
 先の一件で、カナンの国力は相当に疲弊していた。
主だった魔法使いらを始めとして、兵力もまた同様だ。
カナンは魔法以外には取るに足らない小国だが、むしろそれが幸いして、今まで他国の侵略を免れてきた。
だがそんな小国でも、ほぼ無傷で手に入るとなれば話は別だ。
クーヘンバウムはここ数年で諸国を制圧して回っている軍事国家で、「ロアナ帝国の再来」とまで言われている。
火薬と施条銃の扱いに長けている国で、剣と魔法のみに頼っているここカナンにとっては大きな脅威だ。
そしてそのクーヘンバウムがカナンの疲弊に目をつけて、侵攻を企てている。
でも、近隣諸国に協力を要請してるんだよね?」
それが…ここだけの話だけどね、あんまり思わしくないんだ。どこも自国の防衛だけで手一杯で、カナンに回せる兵力がないのが実情なんだ。唯一それがなんとかなりそうなザブランも、なんだかんだで交渉が難航してる。今は聖剣の存在がクーヘンバウムの侵攻を寸手のところで止めているけど…実を言うとね、それも先の一件で大分疲弊してるんだ」
 聖剣というのは、先の事件でリチャードがその手にすることになったフォルテスの魔剣のことである。
そのすさまじさは他国でも話に上るほどのものだが、その力とて決して無際限ではない。
クーヘンバウムがそのことに気づくのは時間の問題だろうし、となればあまり楽観視できないのが実情だ。
なんだか暗い話になっちゃったね……」
元はと言えばレナが原因だよね。よし、今日はレナの奢り」
なんでそうなるのよ……っ!?」
 もう見慣れたその夫婦喧嘩の少し後ろで、フィオリナが軽くため息をつく。
ほんと人生って…シナリオ通りには行かないものね……)


あれ……? お屋敷の前に馬車が止まってる……」
 4人は一旦休憩を取りにシルバーヘルム邸に寄ったのだが、その屋敷の玄関先に1台の馬車が止まっているのが目に入った。
見ると城の公用車なので、恐らくはエレノアに用があるのだろう。
面倒なことでなければいいと願いつつ屋敷の中に入ると、そこには意外な人物の顔があった。
サディ姉……?」
 カナン国第2王女、サディナ・カナン・ホワイトファング。
彼女はエレノアこと、セシリア・カナン・ホワイトファングの姉その人だ。
やあサディ。専用の馬車じゃなかったから、君だと分からなかったよ。何か用?」
 軽口でそう語りかけるリチャードをサディナが一瞥し、眉間に皺を寄せながらこれを非難する。
リチャード? 貴方には何度も言っていることですが、少しは身分というものをわきまえなさい。まして部外者の前でなど……」
 言いながら、ノーラらの方をちらりと見る。
……本当、レナちゃんのお姉さんとは思えないよね)
そうね)
 2人は彼女とは面識があったが、こうして話す機会は今までなかった。
改めてその厳しい性格を目の当たりにすると、これがあのエレノアの姉だとはにわかには信じられなくなる。
では、本日はどのような御用向きで参られたのでしょうか、サディナ殿下? ……ああ、メアリーさん、これ、街で買ってきたお菓子です。お茶にしてもらえますか?」
かしこまりました」
 サディナのこめかみが引きつっているのが、遠目からでも分かる。
一方のリチャードはわざとなのか天然なのか、その表情からは覗うことはできなかった。
……とにかく、お座りなさい。貴女たち…フィオリナとノーラ…だったかしら。貴女たちも」
……宜しいんですか? 大事なお話があるんじゃ……」
どのみちこの2人が後で話すでしょう。それに、せっかくのお茶会を無為にすることはありません」
 そうは言うものの、彼女自身はあまり納得していないようだった。むしろ無駄だと諦めてのことだろう。
とはいえ王女サディナの誘いを断るのもそれはそれで無礼にあたるので、言われるままソファーに腰掛ける。
ややあってメアリーが紅茶と焼き菓子を用意し、少なくとも見た目は優雅なお茶会が始まった。
さて、結論から申し上げましょう。クーヘンバウムの一件に関して、ザブラン公国の支援が受けられることになりました」
! それは本当かい?」
 リチャードが思わず立ち上がり真偽を問いただす。
他の者ら──執事やメイドらも皆一様に顔を緩ませ、その報告に喜びを隠せない。
嘘を言ってどうなるのです。ただし、条件があります」
条件? あのザブランが、このカナンに?」
そうです」
 ザブランは国面積こそカナンとほぼ同程度だが、文化と財力で大陸一の栄華を誇る先進国だ。
一方のカナンは魔法ぐらいしか特筆すべき点のない小国。
金品を差し出して喜ばれるとは到底思えないし、となれば目的は聖剣か……。
まずわたくしと姉上がザブラン公国の親善大使となること。そしてセシリアを、1年間のザブラン留学とすること…これが先方の提示してきた条件です」
わた…し……?」
 条件の内容よりも、自分の名が挙がったことに呆然となるエレノア。
リチャードの方も、予想外の内容に呆気に取られていた。
な…なにそれ……? 意味が分からないし、そんなのよりお互いにとってもっといい条件だって──」
……多分だけど。ザブランはカナンを文化的、精神的に自分の属国にしようと思ってるんじゃないかな?」
そうかも知れませんね。国の王女を親善大使とすれば、ザブランの文化をより効率的に流布することができる。レナ…セシリア様を留学生として受け入れるというのも、ザブランの文化に実際に触れさせて、後々同様の効果を、より効果的に得ようと考えてのことでしょう」
わたしくも同意見です」
だったら……」
どうしろと? 今はザブランにすがるより他ないでしょう。これでもセシリアについては魔法の習得の遅れを理由に、期間を短縮して頂いた方なのです。こちらとしては、一国の王女の身柄を長期間捕捉されていることが最大の脅威なのですから」
……」
 いいように考えれば、決して悪い話ではない。
ザブランの物資が流れ込むことは経済に多大な恩恵を与えることになるだろうし、エレノアについても、それでちょっとは落ち着いてくれるのであれば、むしろ願ったり叶ったりだ。
それにサディナおよび長女のアリシアならザブランの意図通りに踊らされないようにするだけの力があるだろうし、そしてそう思ったからこそ、彼女らもこの申し入れを受け入れたのだろう。
……もう、決まったんだよね? それで、留学はいつから?」
来週の頭。ちょうど1週間後です」
そ。分かった」
 エレノアはそうとだけ言うと、用意された紅茶を口に含んだ。
その紅茶にはいつも入れているはずの砂糖を入れ忘れていたのだが、彼女はそれに気づくことはなかった。


 ──そして1週間後。
ザブラン側の使者に連れられ、エレノアはまず、これから籍を置くことになる学院の院長室へと案内された。
ようこそ、セシリア殿下。ザブランが誇るこのフォンクライスト寄宿学院へ」
お世話になります」
 学院長の名はフランソワーズ・ボネ。
いかにもという感じの品のいい老婦人で、結い上げられたプラチナブロンドの髪がよりいっそうその高貴さを強調している。
その貴婦人は体の前で手を組んだ状態でエレノアににっこりと微笑みかけると、唐突に予想外のことを言ってきた。
さて…まずはこの学院で生活していく上で必要になる、貴女の名前を決めなくてはなりません」
名前、ですか?」
えーえ、そうです。本学院は貴族の御用達と言えど、さすがに他国の王族ともなれば話は別です。我々は貴殿の身の安全を保障する義務があり、そのためには身分を偽って頂く必要があるのです。さて、どんな名前がお似合いかしら……」
 エレノアを値踏みするように眺める学院長に、エレノアは恐る恐る意見を口にする。
あの…私、ラグナラ神学校で使っていた名前と身分があるんです。慣れているので、できればそれを使いたいんですけど」
お伺いしましょうか」
名前は、エレノア・シルバーヘルム。騎士、シルバーヘルム家の親戚にあたります」
親戚…ですか。まあ、いいでしょう。それではまだ時間があるようですので、学院内を簡単にご案内します」
? 教室に行くんじゃないんですか?」
 席を立ち、自分の後について歩くように指示する学院長に、エレノアが背中越しにそう尋ねる。
時間は10時を過ぎたあたり。
決して早すぎるということはなく、むしろ遅いくらいだ。
それに案内など、学級委員長などが普通はやるものである。
エレノアがそんなことを考えていると、学院長はその優雅な歩みを止めることなくこう答えた。
このフォンクライスト寄宿学院には、クラスというものはありません」
……はい?」
あるのは部と学年のみです。部は、最小等部、小等部、中等部、高等部、最高等部にそれぞれ3学年ずつ分かれており、エレノアさんが所属するのは中等部2学年となります。進級は年齢に関係なく、年に4回行われる定期試験の結果によって行われます。つまり極端に言えば、1年に4学年進級する者もいれば、2年間同じ学年で居続ける者もいるというわけです。もっとも後者は、自ずと学院を去ることとなりますが──そのような制度である以上、クラスなど意味を為さないのです」
で、でもそれじゃ授業は……?」
講義は午前4時間と午後10時間、常に複数の内容で部ごとに開催されており、院生らはそれを自由に選び、受講するのです。この辺りのシステムは、実際に行ってみれば分かることでしょう」
そうします……」
 とりあえず聞かなかった方が良かったのかもしれないと思うと、黙って後をついていくことにした。


 フォンクライスト寄宿学院。
ザブラン中の貴族らが通うこの学院は、もはや学校と呼べる代物ではない。
外観は城そのもので、その大きさもカナン王城の比ではない。
恐らく生徒らの寄宿舎だけで、ほぼ同等の大きさとなるだろう。
そんなわけでとにかく広いのだが、各部ごとに使うエリアが決まっているので、実際に歩き回る範囲はごくごく限られる。
なお、共同で使うスペースとしては食堂、購買部、パーティーホールなどがあり、これらは敷地内のほぼ中央に位置している。
あっちの木造の建物は何ですか?」
あれは旧校舎です。といってもそれほど古くもなくまだ使えるのですが、今のところは用途もなく、ただ放置している状態です」
そうなんだ」
……さて、これで概ね一通り見回ったわけですが…時間もいい頃合ですね。では、食堂に参りましょうか」
えっと…食堂は共同でしたよね? もしかして全校生徒の前で……」
その他に中等部2学年のみが集う機会などありません」
……ですよね」
 さすがに気恥ずかしいが、ここまで来てしまったからには腹を据える他ない。
でもせめて入学式と重なる1週間前にして欲しかったと、ちょっとだけ恨んでおいた。


 食堂には、学院の全生徒が集まっていた。
とはいえ、思っていたほど数は多くない。
まあ、多少は諸外国からの留学もあるとはいえ、基本的には小国ザブランの貴族や、それに準ずる家柄の者だけが通うのだから、当然といえば当然かもしれない。
食堂は15の長テーブルが縦に並べられており、エレノアから見て左から右に向かってその顔立ちが大人びていっているのが分かる。
恐らく学年ごとにテーブルが分けられているのだろう。
その1学年あたりの人数はざっと数えてみただけで30〜40人程度。
だとすると、全校生徒では150〜200人となるだろうか。
 喧騒はない。
むしろ不気味なくらいに静まり返っていると言っていい。
ラグナラ神学校でも魔法科を除けば概ねこんな雰囲気だが、それとはまたちょっと違う感じもした。
本日はカナンからの留学生を紹介します。エレノア・シルバーヘルムさん。中等部の2学年として、今年度の間だけ皆さんと一緒に学ぶことになります」
エレノア・シルバーヘルムです。よろしくお願いします」
 ……反応はない。
ただ、敵意にも似た、まとわりつくような視線は痛いくらいに感じる。
私が一体何したってのよ……)
エレノアさんの席はあちらの列です。席順は特に決まっていませんので、明日からはお好きなように座って構いません」
あ、はい」
 指示された列の最後部を見ると、食事が用意された、誰も座っていない席があるのが目に入った。
エレノアはなるべく上品を装いながらテーブルとテーブルの間を歩いていくと、席についたあたりでようやっと一息ついた。
こんにちは」
 そんなエレノアに、向かいの席の少年が声をかけてくる。アッシュブロンドのしっぽ髪をした、温厚そうな少年だ。
この面々の中では珍しく敵意のない眼差しで、にっこりとエレノアに微笑みかけてくる。
ボクはリセ・ファリエール。ボクも先週、この学院に来たばっかりなんだ。よろしく」
あ、そうなんだ。こっちこそ、よろしくね」
 だから他の生徒らとは雰囲気が違うのかと納得する一方、仲間がいたことにほっと安堵するエレノア。
そしてそこで、あることに気がついた。
貴方も魔力を持ってるんですね」
 ざわり……。
な、なに……?)
 先程まで静かだった場内に、突然ざわめきが沸き起こる。
一瞬何が起こったのか理解できずにいると、ふとある言葉を思い出した。
魔法使いは、他国では差別の対象』
──!」
 しまったと思うが、もう遅い。
アッシュブロンドの少年は下を向き、じっと屈辱に耐えていた。
あの2人、魔法使いなんだって)
いやぁねぇ。なんだってそんな子、この由緒あるフォンクライスト寄宿学院に入れたりなんてしたのかしら?)
 刺すような中傷が、次第にはっきりと聞こえるくらいに大きくなっていく。
……大失態だ。
自分独りならまだいいものの、何の咎もないこの少年まで巻き込んでしまった。
いくら謝ったところで、償いきれるものではない……。
──と。
──お前ら、他人の悪口がそんなに楽しいか?」
え……?)
 そう言ったのは、エレノアたちと同学年の、あまり離れていない席に座っている少年だった。
こちらはリセとは対照的で、グレイのざんばら髪、そしてつり目と、一見するとこの場には不似合いな、不良っぽい容貌だ。
言葉遣いもその印象に違わぬもので、良家の少年少女らが集うこの中にあっては酷く異質に感じられる。
そもそも魔法使いのイメージが悪いのは、育ちの悪い連中がエセ占い師や呪術師、胡散臭い宗教活動なんかをやったりするからだろうが。仮にも貴族学校へ入れるような連中が、そんなのと同じわけがないだろう」
なに──」
静粛に! 静粛に」
 ぱんぱんというかしわ手の音と共に、学院長の凛とした声が食堂内に響き渡る。これ以上事態が大きくなることを懸念したのだろう。
そうして注意を集めた学院長は、毅然としてこう言った。
──貴方たち、このフォンクライスト寄宿学院の院生として恥ずかしくないのですか? いついかなる時も冷静沈着に。それが紳士淑女としてあるべき姿です。それと先程アルフレドさんも仰ったように、彼女らは確かな家の出身です。そして、その彼女らの入学を認めたのはこの私です。貴方がたは、その私の判断を疑うというのですか?」
 学院長のこの言葉に、一同が皆うなだれる。
そしてその重苦しい空気の中、静かな昼食が始まった。


あの……っ!」
 昼食を終え、エレノアがアッシュブロンドの少年、リセに話しかける。
決して謝って許されることではないのだが、それでも謝らずにはいられなかった。
……いいよ。もう、気にしてないから」
でも……」
悪いと思うなら、ボクと友達になってよ。もう、他の友達は作れそうにないからね」
 悪戯っぽく笑うと、エレノアに握手を差し出してくる。
そんな彼に一瞬戸惑うエレノアだったが、やがてためらいがちにその握手を返した。
これから、よろしくね。……えっと、エレンでいいのかな?」
あ…と、レナで」
そう。よろしく、レナ」
 言って、にっこりと微笑んでくる。
さっきあんなことがあったばかりなのに、どうしてこんな笑顔ができるのだろうか。
それと、アルもありがとう」
 そう言ったリセの視線の先には、先程助け舟を出してくれた不良風の少年がいた。
少年はむっつりとした顔をふいと横に向けると、「ふん」と鼻を鳴らした。
別に…お前らを助けたわけじゃない。俺は自分の思ったことを言ったまでだ」
あ、レナ。紹介するよ。彼はアルフレド・デュフィ。ボクたちと同じ、中等部の2学年だよ」
……ふん」
 まるで興味がないといった風にくるりと2人に背を向けると、そのまますたすたと廊下を歩いていくアルフレド。
だがその足がはたと止まり、そしてぽつりと言った。
……さっさとついてこい」
行こう、レナ」
え?あ?うん……」
 わけも分からずアルフレドについていくと、彼は掲示板の前でその足を止めた。
そこには講義スケジュールの他、講師からの通知などが掲示されていた。
……講義は曜日ごとに決まってるが、たまに変わることもある。それに他の通知もあるから、毎朝ここへ来てこれを確認しろ」
う、うん。分かった……」
 エレノアがアルフレドの真意を計りかねていると、それに気づいたのか、アルフレドが言ってくる。
お前、この分じゃ当分他に頼れる奴なんてできないだろう。そいつにしても、先週入ってきたばかりだ。……あまり気は乗らないが、当面は俺が学院のことを教えてやる」
う、うん…ありがとう……」
 言葉遣いこそ乱暴だが、この少年は案外いい人なのかもしれない。
人は見かけによらないとは、このことである。
講義は午前4時間、午後10時間。1時間あたり4つの講義が開かれている。俺たちはその中から自由に選んで講義を受ける。あるいは、サボってもいい。学科については日に2、3度同じ講義が開かれるから、これは気をつけていれば受け漏らすことはない。対して実技関係は生徒の能力に応じて個別指導。こっちの方が気楽だな。……それと、これはお前には関係ないかも知れないが、定期試験が年に4回行われる。それで各学年ごとに設定された必要な単位数を取得できれば次の学年に進める。講義の出席数は関係ない。……だからお前なら、ずっとサボっていてもいいってことだな」
大体は学院長先生から伺ったけど…でも、サボっていてもいいなんてちょっと意外……」
考えてみろ。午後10時間なんて受けてられるか? 真面目な奴でも、暗くなる前には切り上げる。逆に朝が苦手な奴は、午前中は寝ていて午後から活動を始めたりする。別に意外なことでもないだろう」
そう言われれば、そうだね」
それでも、最高等部ともなれば朝から夜までいる人も多いみたいだけどね。でも高等部修了でも一応の卒業が認められるから、あんまり人はいないみたいだけど」
 そう言われれば、食堂の右端3列のテーブルだけは他の列よりも人が少なかったような気がする。
なるほど、あれは高等部修了で卒業していった生徒が抜けた分だったというわけか。
……でだ。当面は俺と一緒の講義に出てみろ──と言いたかったんだが……」
どうしたの?」
今日の午後1に武術の講義がある。俺はこれだけは外したくない。お前らどっちもこういうのは苦手だろう? 適当に他の講義に出るか、その辺をブラついててくれ」
武術なんてあるの!?」
他にも社交ダンス、裁縫、歩行法、会話法…色々あるよ。折角の短期留学なんだから、レナは自分の好きなものを受けていけばいいんじゃないかな」
あはは…学科は多分外せないけどね……。じゃあアル、武術行こっか。リセはどうする?」
……待て。お前、出るのか?」
 意外な言葉に、アルがそう訊き返す。
体育みたいなものでしょ? 体を動かすのって大好き!」
ボクもレナにつきあうよ」
……ふん。勝手にしろ。後で後悔しても知らんぞ」
 そう言うとアルフレドは2人に背を向け、指だけでついてくるように指示した。


 ──1時間後。
あー、楽しかった♪」
……お前、本当に女か……?」
失礼ね。これでも騎士の親戚なんだから」
その割には棒の使い方が我流で、身体能力だけで凌いでいる感じがしたが……」
う……」
 ……するどい。
さすがに武術は外したくないというアルフレドの技量は見事なもので、上級生(といっても1学年しか違わないのだが)すら圧倒していた。
反射神経に優れるエレノアも、彼に対しては魔法を使わなければついていけなかったほどである。
一方のリセはというと、一応それなりに頑張っているようではあったが、こちらはまるで場違いと言わざるを得なかった。
ちょくちょくエレノアが気にかけていたのだが、そうでなければ今頃は立てなくなっていたかもしれない。
さて、次はどうする? 俺は武術と学科以外は興味ないから、お前らの好きに選べ」
 再度掲示板の前に戻ってきて、そう言う。
「自分と一緒の講義に出ろ」と言っていた割には、自由に選ばせてくれるあたりが微笑ましい。
とはいえエレノアも学科と礼儀作法関係以外は特に取る予定もないので、その旨をアルフレドに伝える。
お前の方は?」
ボクも特に希望はないよ。……そうだ、だったらボク、レナに魔法を教わってもいいかな?」
魔法を……?」
うん。今まではボク、この力を嫌って生きてきたけど…でもレナを見ていたら、ボクも使えるようになりたいって思えてきたんだ」
リセ……」
……ならついてこい」
 アルフレドはそう言うと、2人を一旦校舎の外に連れて出る。
一体どこへ行くつもりなのかと思っていたら、辿り着いた先はあの旧校舎だった。
……入っていいの?」
構わん。俺がいつもそうしてる」
 それは理由になっていないような気がしたが、とりあえず黙っておくことにした。
アルフレドは2人をその中の一室に案内すると、そこに入るように言った。
部屋のプレートには、「音楽室」とあった。
この部屋にだけ防音設備が整っているんだ。それに魔法ってのは、使うと他人から見えてしまうんだろう? ここなら多分大丈夫だ」
そのためにわざわざ……?」
ここは俺が昼寝をするのに使っている場所だ。丁度良かったから紹介した。それだけだ」
ありがと。……でも魔法って、別に使う使わないに関係なく見えちゃうよ? 魔力を持つ人だけに見えて、寝てる時でもずっと見えてるものなの。間に壁とかがあれば隠れるけどね」
……そうなのか? ……まあいい、とにかく俺は寝るから後は好きにしろ」
 そう言うとアルフレドは適当に横になり、そのまま目を瞑ってしまった。
……了解を取らないで来ちゃったけど…迷惑じゃなかったかな?」
魔法のこと? うーん…正直、教えるのは自信ないけどね。でも私も練習しないといけないから」
 そう言って、ちらりと自分の左手首にある銀色のブレスレットを見た。
ザブランに来るにあたって、リチャードがお守りとして渡してくれたものだ。
それじゃあまあ、やってみましょうか」
はい、レナ先生」
……それ、やめない?」
……ふん)
 こうして、いくらかトラブルはあったものの、エレノアのザブラン留学は順調に幕を開けたのだった。
しばらくして落ち着いたら、リセとアルフレドのことを手紙に書こう…エレノアはそう思った。

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