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第04話
収穫祭の夕べ


 空は雲ひとつない晴天だった。

涼味を含んだ秋の風が、肌を心地良く撫でる。

「んー…いーいお天気っ。これも、日頃の行いがいいからだね」

「農家のみなさんのね」

 収穫祭の準備に浮かれるエレノアの隣で、冷静にそう口にするリチャード。

2人は正真正銘のお姫さまとその護衛なのだが、普段見る限りではそんな様子は微塵も感じられない。

「なによ。ちゃんとこうやって働いてるでしょ。リックなんてそれっぽっちしか持ってないじゃない」

「僕の力は荷物運びをするのには使えないからね。でもレナ、張り切るのはいいけどくれぐれも力の使い過ぎには気をつけるように。まだまだ使い方に無駄が多いんだから」

「あ、そっか。収穫祭が始まる前にバテちゃったらいけないもんね」

「あのねぇ……」

「ほんとレナちゃんって、こういうの好きだよねぇ」

 エレノアとはリチャードを挟む格好で荷物を運んでいたノーラが、ひょっこりと顔を出してそう言う。

もっともそんなことを言うノーラだったが、彼女も内心では、食べ放題になるごちそうに心躍らせていた。

貧民街出身のノーラにとっては、この収穫祭が唯一、無償でお腹いっぱいになれる行事だからだ。

 収穫祭は、国を挙げて行われる秋の一大イベントだ。

国内各地で催し物や出店が開かれ、1年の収穫に感謝を捧げる。

まとまった空き地の乏しい都市部では、その会場としてここラグナラ神学校の校庭が毎年用いられている。

そのため生徒たちは会場の設営におおわらわで、こうしている間にも外部からは次々と収穫を終えたばかりの食材が運び込まれてくる。

収穫祭ではそれらを使った料理が無料で振る舞われる他、内外問わずの催し物や、夜にはフォークダンスなどが行われる。

そしてその祭りの締めには、本日の主役である豊穣の女神ビナーが登場する。

年度始めの神話の庭コンテストで選ばれたビナー役の生徒がハープ(どうしてもできなければ別の楽器でも良い)を奏で、同じく森の女神フォント、水神バド、牧羊神キト役の生徒らがその周りで舞いを舞うという具合だ。

ただ実際にはここで終わるわけではなく、あとは大人たちだけの酒宴が夜通しで行われたりするのだが。

 収穫祭には基本的に(護衛に当たっている兵士を除き)誰でも参加できるのだが、王族であるエレノアも、その安全上の理由から今まで参加させてもらえずにいた。

だが在学中は不参加だと逆に周囲から怪しまれると強く主張し、普段より警備を強化するというおまけつきで参加が認められた。

そういう背景もあり、エレノアは浮き足立っている生徒らの中でも特に目立っていた。

「ああ…ちょっと、君たち」

「はい?」

 荷物運びの途中で、見知らぬ上級生に声をかけられる。

タイの色と縞の数から、とりあえず神学科の3年だということだけは分かる。

「君たちは魔法科の1年生だね。以前停学処分になった3人のことといい、君たちにはあまりいい噂はないね。まあ魔法科の素行が悪いのは毎年のことだが…今年は特に質が悪いようだ。収穫祭は対外的なイベントでもあるから、決して粗相のないように」

「な……っ」
「分かりました。ご指導ありがとうございます」

 口論にでもなりそうな雰囲気のエレノアを制し、リチャードがやんわりとそう答える。

上級生はリチャードとエレノアを交互に見回した後、「まあ、いいだろう」と言うとその場を後にした。

「はぁー…どきどきしました」

「なぁによ、あの態度」

「気持ちは分かるけどね。無用なトラブルを作る必要はないだろう。ああいう時は、素直にはいって言っておけばいいんだよ」

「それは分かってるんだけど…どうもね」

「……ま、あんまり気にしないで。せっかくの収穫祭なんだからさ」

「ん…そだね。ありがと」

 そうして3人が雑用をこなす一方、フィオリナは校庭で会場設営管理、物品仕訳、外部者の案内など、実に多岐に渡る仕事をこなしていた。

初めは単に物品の仕訳だけの担当だったのだが、人員不足やその他の理由で気がついたらこうなっていた。

「すんませーん、A-9ってどのあたりスか? この地図、よく分かんなくって」

「はい、ご案内いたします。どうぞこちらです」

(まったく…これじゃ息をつく暇もないじゃない……)

 いいように使われていることは重々承知していたが、こんな時こそ上級生や教師らのポイントを稼ぐチャンスである。

一瞬たりとも気を抜いてはいけないと自分に言い聞かせると、疲れで重くなった体に鞭打つ。

「お疲れさま。大変ね、頼りにされすぎるっていうのも」

 そこへ声をかけてきたのは、薬学科の2年の先輩だった。

「でもあなたもお人好しすぎるのよ。適当にサボって…っていうのも何だけど、無関係の仕事まで請け負うことはないのよ」

「ありがとうございます。でも、好きでやっていますから」

 本心ではなかったが、それを嘘と見せない完璧な作り笑顔でそう言う。

とそこへ、会場設営係の1人からご指名がかかる。まったく、これでは本当に息をつける暇などない。

「すみません。失礼しますね」

 そう言って小走りに駆けてゆくフィオリナの後姿を見て、上級生の彼女は肩をすくめていた。







 やがてお昼を前にして、収穫祭は始まった。

力仕事をした後ということもあって、エレノアとノーラは次々と出店をはしごする。

その後ろでリチャードとフィオリナは、そんな2人を苦笑まじりで眺めていた。

「ほらリック! これも美味しいよ。食べてみて」

「お願いだから、自分のペースで食べさせてよレナ。ああ、ノーラさん、そんなにいっぱい取っても食べきれないよ」

「大変そうですね」

 リチャードの隣で、涼しい顔でりんご飴をなめるフィオリナ。

彼女も空腹感はあったのだが、あまりの疲労にすっかり食欲を失っていた。

「フィーさんはそんなので足りるのかい?」

「まだまだ、先は長いですから」

「あの2人に聞かせたい言葉だね」

 その問題の2人はというと、今度はボードゲームに夢中になっていた。

ノーラは食べ物を両手いっぱいに抱えているので自身は参加していないが、頭を抱えて悩んでいるエレノアの後ろに立って色々とアドバイスをしている。

彼女はチェスではもうリチャードですら相手できないほどになっている。どうやらこういった戦略的なゲームの類が得意のようだ。







 日の色が次第に朱へと変わる頃、主な演し物も終わり、会場はフォークダンスの準備へと移る。

エレノアから借りたドレスを着込んだノーラは、その仕立ての質の良いことに驚く一方で、リチャードと踊れることに現を抜かしていた。

ところが直前になってそのリチャードの姿が見えなくなってしまい、慌てて2人で彼を探す。

フィオリナがいてくれれば良かったのだが、今は彼女の姿も見えない。恐らく彼女のことだから、またどこかで手伝わされているのかもしれない。

「いないねぇ……」

 群集を一通り見回って、ノーラが言う。

「私、校舎の中を見てくるよ。ノーラちゃんは寮…は多分鍵がかかってるからないとして、うん、それじゃ中庭をお願い」

「うん」







「……駄目だ。2人とも死んでる」

 目の前に倒れている男らの脈を調べ、リチャードが言う。

「まさか彼らがこんなあっさりやられるとは……」

 リチャードの傍らにいるその男は、信じられないといった風にそう口にした。

彼の名はガイ。カナン国の隠密部隊員で、今目の前にある2つの死体も彼の仲間だった。

ガイはかつての仲間の傍に寄ると、その傷口を観察する。
 
「……鋭利な刃物…あるいは魔法によるかまいたちで喉笛を切られている。メッセージの類は何も残されていない。となるとよほどの腕利きか、それとも不意をつかれたか……」

 冷静にそう分析するガイの後ろでは、フィオリナが傷を直視できずに顔を歪めていた。

普段気丈な彼女ではあったが、こういったものは…苦手だった。

「やっぱり君たちか」

 3人が声のした方を向くと、そこにはリチャードらの担任のコーネルの姿。

そしてその手には、若干折れ曲がった錆びた鉄の棒と、ほのかに赤光りする小石が握られていた。

「……まさか先生が」

 フォルテスの魔剣…そして恐らくはゼファーの魔石。

そもそも隠密部隊は、この魔石の隠し場所を探し出す目的で遣わされたものだった。

そして魔石らしきものを創校記念碑下に設けられた空間から持ち出そうとする者を目撃したため、それをガイがリチャードらに伝えに行っている間に…残った2人は殺されたというわけだ。

「……これで合点が行きました。破るには宮廷魔導師12人を必要とする魔剣の結界。それに近しい力を持つ先生方が総出となれば、破るのはわけはないですものね」

「まさか全員!?」

 ラグナラ神学校の魔法教員は20人程度。

もしそれら全員が共謀していたとなれば、魔剣の結界を解くことなどわけはない。

そんなことを考えていると、普段と変わらない口調でコーネルが言った。

「ずっとこの時を待っていた。我々…オグル族の末裔は、進んで教職員として志願して、ここにある剣と石をずっと護っていたんだ」

「オグル族……?」

「そう。この学校の教職員の半数以上…特に魔法科の教師はほとんどがそうだよ。魔法科の人間は元の身分が低い者がほとんどだから、普通は地位や名誉を求めてよそに流れるからね。身内で固めるのは容易かったよ」

 言って、くっくと笑う。

「剣、石、そして本はオグル族の三種の神器と呼ばれていてね。本の行方は分からんが…そうだ、特別に君たちに面白いものを見せてあげよう。私からの、最後の授業だ」

「……面白いもの?」

 コーネルはそう言うと、ガイに向かって魔石を掲げる。

するとそこから赤い光が放たれ、その光がガイを包み込んだ。

「うあぁっ!?」

「『ゼファーの魔石、そは魔物たちの卵。1000の魔を生み出し、世を混沌へと導く』。難しいことを言ってるけどね、剣と同じだよ。私たちオグル族以外の者を凶心させる力がある」

 その言葉を証明するかのように、先ほどまで仲間だったはずのガイが抜き身の剣をリチャードに振り下ろす。

リチャードは転がっていた死体から剣をもぎ取ると、鞘に収まったままのそれで咄嗟にガイの剣を受け止めた。

「リックくん!」

「しばらくそこで遊んでいたまえ。ではごきげんよう、セシリア姫」

 コーネルはフィオリナにそう言い残すと、その場を後にした。

後を追おうとも思ったが、まずはこちらだ。いかにリチャードが剣技に長けているとはいえ、本職の軍人相手ではやはり分が悪い。

しかも魔石の力によるものなのか、その能力は通常より更に高められているようだった。

それでもなんとか凌いでいたリチャードではあったが、体力の差もあり次第に追い詰められていく。

「はぁっ!」

 無数の火の玉を創り、それを放ってリチャードの援護をするフィオリナ。

しかし相手は動きに優れた隠密部隊。それらはいとも簡単にかわされてしまった。

──だが、それで充分だった。

リチャードは空いている手を前方にかざすと、先の魔剣戦でそうやったように閃光を放つ。

魔剣同様効いていなければこちらの負けだが、かといってためらっている余裕もない。

リチャードはすかさず相手の懐に潜り込むと、その勢いのままガイの体を剣で貫く。

ぐらり、とその体が傾き、やがてそれは力なく地面に崩れ落ちた。

「リックくん……」

 その呼びかけに、首だけ動かしてにっこりと微笑むリチャード。

けれどフィオリナがほっとしたのも束の間。次の瞬間、リチャードの体はガイ同様、その場に崩れ落ちた。

「リックくん!」

 ──相打ちだった。

リチャードは左肩を袈裟懸けにばっさりと斬られ、大量の血を流していた。

「リチャード様!」

 ちょうどそこへリチャードを探しにきたノーラが、その光景を見て悲鳴を上げる。

フィオリナはその声から彼女がノーラだと確認すると、顔も向けずに言い放った。

「ノーラさん、居場所が分かるならレナを呼んできて!」

「で、でも……」

「リックくんを死なせたくなかったら、早く!」

 そう言うより早く、フィオリナはリチャードの傷口を焼き、その後体温を下げて血流を抑えにかかった。

ノーラもリチャードが心配だったが、自分がここに居ても何もできないことを悟ると、言われた通りにエレノアを呼びに校舎へと向かう。

(私が電気魔法を使えたら…こんな傷、すぐ治せるのに……)

 フィオリナは自分の非力さに、つい唇を噛み締める。

魔力の種類は生まれつきのもので、どう努力したところで変えられないものなのだが、それでもそう思わずにはいられなかった。







「あ…フォークダンス、始まっちゃったんだ」

 廊下の窓から校庭を眺めて、そう呟くエレノア。

自分は特に踊る予定はなかったが、ただノーラのことが気になっていた。

「あのバカ…それとなく言っておいたのに、一体何考えてるのよ……」

 ざわり。

(なに!?)

 空気が大きく揺らぐような違和感。魔剣の封印が解かれた時に感じたような嫌悪感が、エレノアの全身を包む。

次の瞬間、朱色の光が校庭から立ち上り、夕日で照らされた世界を更に朱に染め上げた。その上空には、複雑な紋様を持つ…魔法陣。

「レナちゃん!」

 ノーラの声に、エレノアははっと我に返る。

「ノーラちゃん、あれ──」
「リチャード様が大変なの!」

「……リックが? 何? ああもう、一体何がどうなってるのよ!」

 ノーラに腕を掴まれ、中庭へと向かうエレノア。

一方窓の向こうでは、人々の阿鼻叫喚がこだましていた。


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