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第06話
2つの剣


 城内は騒然としていた。

勝手に抜け出し、あまつさえ予定より大幅に遅れて帰還したエレノアへの叱責もそこそこに、フィオリナらからもたらされた報告内容に一同が落胆する。

魔物の子らが成人するにはそれなりの時間がかかるため、こちらが全滅さえしなければ一応は倒せる可能性がでてきた。

とはいえ2千対数千万という戦力差は依然とあり、食料も、城の備蓄だけではあと一月と保たないだろう。

破壊された街道は、異変を察知した隣国がもしかしたら復旧を試みてくれるかもしれない。

だがそこには魔物らの監視の目があり、それらの攻撃に耐えながら復旧作業を行うのは至難の業だ。

つまるところ、状況はあまり改善していない。

 会議室にはいつもの顔ぶれに加え、先の作戦で成果を挙げたフィオリナ、そしてエレノアの姿もある。

エレノアはリチャードに付き添っていない時は自室で休んでいるか、でなければこの会議室に顔を出している。

自分も何かしたいという気持ちがある中で、姉らと違い、炊き出しや避難住民の世話には向いていないために結局こうなってしまう。

とはいえ、ここに居たところで何か役目を与えられるわけでもないのだが。

「ここはなんとかして街道を突破しようぞ。クーヘンバウムでは火薬の研究が進んでおり、近年のそれは魔法の力をも凌駕すると聞く。なんとかクーヘンバウムに助力を求め、火薬で魔物どもを吹き飛ばす…今やそれしか策はないだろう!」

「そう急きなさるなガラハド殿。仮に騎士団の全力を以て街道を突破できたとしても、それは同時にこの城の護りを脆くし、城に残った避難住民らを危険に晒すこととなるのですぞ。それに国内のほぼ全域を掌握したであろう奴らめを吹き飛ばすということは、つまりこのカナンを焼き尽くすということに他なりませぬ」

「──うむ。それだけは絶対に避けねばならぬ」

 ガラハドの提案に、ホアンと王が反対する。

自分でもそれは理解していたが、どのみちこのまま戦っても全滅するしかない現実を前に、ガラハドは焦燥感ばかりが募っていた。

「……こっちにもあればいいのにね。魔石の力を中和する、そんな神器みたいなのが」

 独り言のように、エレノアが言う。

「あればとうに使っております姫様」

 もっともだ、と言われてから気づき、乾いた笑いを漏らす。

しかし魔石といえど、元は恐らく人の手によって創られたもの。

だとすれば同じものが創れる可能性もあるわけで、それに気づいたエレノアは更に尋ねる。

しかし返ってきた答えは素っ気ないものだった。

「もし創られたものだとすれば、その可能性が高いのは当時のオグル族のグルジ…そして、恐らくは破壊神ググとされたその人。ただでさえ今の魔法使いは当時のそれらより弱体化しておる上、いやしくも12神として数えられただけの力の持ち主が作り上げたものを、我らが模倣するのは無理でしょう」

「それに、魔石は数百年も学校にあって生徒らの力を吸い続けてきたものなの。仮に正逆のものが作れたとしても、今の私たちの力を結集したところで中和できるだけの力は生み出せないわ」

 ホアンとフィオリナの言葉に、その場に居た全員が更に大きく肩を落とす。

魔物らを人間に戻す手立てはない。かといって効率的な兵器があるわけでもなく、仮にあったところで、それは国自体を滅ぼすことを意味する。

「となればやはり全面対決しか道は……」

「──待ってください」

 諦めかけた騎士の言葉を遮り、フィオリナが言う。

「国王陛下。しばらくの間、外出許可を頂いてもよろしいでしょうか?」

「どこへ行かれるつもりかな?」

「かつての王立図書館…シルバーヘルム家所有の別荘の地下書庫へ」

「行方知れずのグリゲルの魔本でも探すか? 残念だがあそこはもう調査済みだ」

「いえ、強力な魔法陣でも秘術の類でも、人々を元に戻すための手掛かりか、でなければ…私たちが生き残るために有益な情報が得られればと」

 フィオリナは、あえて「魔物らを殺す術」という言葉は使わなかった。

それはできれば採りたくない最悪の道であるし、ホフマンの死に直面したばかりの彼女にとっては、二度と経験したくない現実でもあったからだ。

「ふむ…まあ構いませぬが、独りでは危険ですぞ。私もお供しましょう」

 そう答えたのは、国王ではなくホアンだった。

そしてこのホアンの言葉に、他の宮廷魔導師らが一斉に抗議する。

「またお主が抜けると申すか!」
「彼女ほどの人物なら独りで充分なのでは?」
「見込みの薄いことに貴重な戦力を割くのは……」

 ホアンは決して魔力は強くないがその扱いには一日の長があり、他の宮廷魔導師らを率いて陣頭指揮を執るのにも向いている。

頼りにされているのは結構なことなのだが、あまりにも頼りない他の同僚らにホアンが眉根をひそめる。

「では宮廷魔導師でも騎士でもない者の中で、古書を読むのを得意とし、護衛にも成り得る者がいると申されるか? それに決定的な解決策がない今、できることは何でも試してみるべきではないのですかな?」

『それは……』

「そなたらも宮廷魔導師なら、数日の間くらい耐えられよ。この任には私が最も適しておる。だから就く。それが道理ではないのですかな?」

 ホアンの一括に、他の宮廷魔導師らが黙り込む。

確かにホアンは城の古参の中でも古書の読解には誰よりも長けており、実力の方も申し分ない。

彼の言い分が分かるだけに、何も言い返せないでいた。

「珍しく大きな声ですねホアンさん。廊下まで丸聞こえですよ」

「あ──」

 そう言って姿を見せたのは、今までずっと昏睡状態でいたリチャードだった。

まだ体が慣れていないのかノーラの肩を借りているのだが、身長差がありすぎるために少々大変そうだった。

「状況は大体ノーラさんから聞きました。それで…ホアンさん、地下書庫へ行くんですか?」

「ええ、私が言い出したんですけれど、何か状況を改善できる手掛かりがないかと思いまして」

 ホアンの代わりに、フィオリナがそう答える。

「なるほどね…じゃあ、僕も行くよ」

「リックも?」

「うん、僕だってあそこにある本は読めるし、護衛としても問題ないだろう? 別荘に行くまでの道のりは、鈍った体を戻すにも丁度いいだろうしね」

「……ふむ。ではお願いしますかな」

「じゃあ──」
「セシリーは本を開いたら数分もしない内に寝ちゃうだろう? それにあそこの本は古い文字ばっかりなんだ。王女様以前の問題だよ」

 咄嗟に自分も行くと言おうとしたエレノアだったが、それはリチャードにあっさりと却下されてしまう。

「リチャード。こんな小娘だろうと仮にも王女なのだ。失礼にもほどがあるだろう。口を慎め」

 そう言うのはリチャードの父ガラハドだが、はっきり言ってこちらの方がよっぽど失礼である。

その小娘の父であるカナン王は、一見素を装ってはいるが顔が微妙にひきつっていた。

「あ、あの…しばらく滞在されるのでしたら、お料理とか家事は必要ですよね? なら、私もご一緒させて頂きたいんですけど……」

 今度はノーラがそう言う。

これに対してはフィオリナが「それくらい私がするから」と言うのだが、逆にノーラに「フィオリナさんは調べものに専念するべき」と反論されてしまう。

するとリチャードは「君の負けだね」と言って笑い、こうしてノーラの同行も決定する。

「じゃあ──」
「言っちゃなんだけどセシリーより僕の方が料理は上手い!」

 なおも食いついてみたエレノアだったが、やはりあっさりと却下されてしまう。

確かに料理を初めとしてその他家事の類一切はまるでダメで、だからこそ姉らに混じらずにこんな所にいるわけだが、この言い草はあまりにも酷かった。

そしてそんな彼女に、ガラハドが更に追い討ちをかける。

「リチャード。確かに以前頂いたアレはまあ…分からんでもないが、それでも王女は王女なのだ。口を慎め」

 このやりとりにまたも顔を引きつらせるカナン王だったが、今度のはまた別の意味だ。

その青ざめた顔は、以前自らもその被害にあった者の証である。

「えっと…レナちゃんはダテに13年間王女様はやってないんだよね? だったらどうしたらいいか、分かるよね?」

 そう言いながら、こっそりとエレノアにウィンクを送るノーラ。

一瞬何のことか分からなかったエレノアだったが、その真意を察すると、「うん」と言って自らもまたウィンクを返した。







 別荘までは、徒歩でならおよそ2時間と少しかかる。

今回は敵の監視、リチャードの体調、旅慣れないノーラ、そして数日分の食料などの準備があるため、準備と移動に丸1日を予定している。

野宿は危険なので絶対にできない。出発は朝早く、そしてその後の行動も迅速に行う必要があった。

「さて…出てくるならさっさとして欲しいんだけど」

「あ、バレてた?」

 リチャードの呼びかけに、エレノアが植え込みからひょっこりと顔を出す。

「いつものことだしね。まあ、荷物持ちとしていてくれた方が早く着けるのも事実だし、正直ついてきてくれると助かるよ」

「でもあの時……」

「セシリーは王女という立場をもっと理解するべきだよ。あの場で僕たちが許したところで、陛下や父上らがそれを認めないだろう? 少しは学習してよ」

 そう言って、リチャードはエレノア用のバックパックを手渡す。

予めついてくることを予想されていたのにも驚いたが、それ以上にそのバックパックに違和感を覚える。

「なんか…みんなよりかなー…り大きいんだけど……」

「だから荷物持ちだよ。嫌なら回れ右」

「……行く」

「あはは。やっぱりこういうレナちゃんとリチャード様を見てると、なんだかほっとしますね」

「そうね。でもこれから先は気を引き締めていかないと。……そうそう、レナ。相手を尾行するつもりなら、自分と同じ『色』の植え込みを利用するといいよ。あの植え込みの『色』は黒だから、白のレナだと余計に目立つの」

「あ"……」

「さて、よろしいですかな? ここから別荘までは、私が皆様の魔力を隠します。くれぐれも、はぐれませぬように気をつけてくだされ」

 話がまとまったところで、ホアンが出発を促す。

ちなみに周囲にいる者の魔力まで隠すというのは、宮廷魔導師でもごく一部の者しかできない高等技術だ。

ましてやそれを長時間維持させられるのは、その中でも特に魔力の扱いに長けたホアンしかいない。

本人が望まないために筆頭魔導師は別の者が務めているが、これが陰の筆頭魔導師と呼ばれているホアンの片鱗である。







 日が完全に沈んだ頃、5人はようやく別荘に到着した。

道中水とビスケットくらいしか口にしてこなかったので、ノーラはさっそくとばかりに遅めの夕飯の準備に取り掛かる。

フィオリナとホアンは地下書庫へ向かい、リチャードとエレノアはひとまず居間に残った。

リチャードは病み上がりということもあって相当にぐったりとしているが、実は魔力を使い続けたホアンとエレノアの方が、実際にはそれよりも遥かに疲弊していた。

 ややあって、フィオリナとホアンが地下書庫からめぼしい本を抱えて居間に戻ってくる。

エレノアも試しに目を通してみるが、予想通りというか分からない単語が多すぎてまるで読めない。

疲労も相まって眠気が増長されるが、そこは炊事場から漂ってくる香りがなんとか押し留めた。

「できれば眠っててくれた方が、静かでいいんだけどね」

「リック…1回死にかけて性格悪くなった?」

 口ではそう冗談を言うリチャードも、決して本を読む手は止めない。

食事中も3人揃ってそれは同じだったが、やがて夜も更けてきた頃、ホアンが口にする。

「さて、あまり根を詰めるのも良くありませぬ。ここはひとまず休養を取って、また明日、作業を続けるとしましょう」

 その言葉にリチャードとフィオリナが頷き、ここで一旦お開きとなる。

エレノアはというと食事を摂ってすぐに眠り呆けており、ノーラも5人分のベッドメイクなどを済ませて先に休んでいた。

(できれば交代で見張りでも…と思ったけど、この分だと今日は無理そうね。この子たち、お城でもリックくんが心配でずっと不眠不休だったし)

 同様に、限界を越えていたリチャードとホアンもベッドに倒れ込むや否やすぐに寝込んでしまい、しかたなくその日はフィオリナが起きていることにする。

「まあ…静かな方がはかどるんだけどね」

 一旦落とした暖炉の火を再びともすと、先ほど中断した本の続きを追った。







 その後丸5日間、3人は必死に書を調べたものの、大した情報は得られなかった。

一度堕天した悪魔が再び神の側に戻った──そういう逸話でも見つかれば言うことはなかったのだが、そうそううまくは行かない。

バンやピアヌスが所持していた武器が魔剣に匹敵する…という話はちらほらとあったが、仮にそうだとしても、魔本の捜索すらできない現状で、それらを捜し出すことなどできない。

「すみませんでした…私のわがままにつきあわせてしまって」

 各々帰り支度をまとめる中、フィオリナがそう言って謝る。

「お気になさるな。全ての物事がみな思い通りにゆくとは限らぬ。また戻って、次の策を考えるとしましょう」

「でもみんなを元に戻せないとなると、やっぱり戦う…しかないのかな」

「ん……」

 エレノアの呟きに、その場にいた一同が言葉を失う。

やり方はどうあれ、今はもうそれしか方法が残されていないのは避けられない事実だった。

「……とにかく、一刻も早く戻ろう。考えるのは、それからだ」

「……そう、ですね」

 5人は荷物をまとめると、別荘を後にする。

来る時よりも荷物は軽くなっているのだが、むしろ前より重くなっているようにすら感じられた。

「やっと出てきたか」

「誰だ!?」

 木の陰から、ゆらりと現れる人影。

魔力は感じないが、それは持たないのではなく、隠しているのだとホアンとフィオリナには分かった。

そしてその手に握られているものは──魔剣。

その姿を確認するやリチャードは咄嗟に剣を抜き、以前自らがとりつかれ、リチャードを危険に陥れたノーラはその場に膝をついた。

「あなたは…いえ、その方は、神話の庭コンテストで戦神ピアヌスに選ばれた人ですね」

「それは我の知ったところではないが、魔力と剣技の両方に秀でた器だということで、我の使い手に選ばれた」

 フィオリナの問いかけに、剣を握ったその男の口が答える。

男は魔法科の4年で、名をたしかグラムといった。

独学ながらその剣の腕は校内でも有名で、魔力に関しても申し分ない。

魔法で作り上げた氷の剣を愛用しており、若輩ながら傭兵としての経験も豊富と聞く。

まさに氷神ピアヌスの二つ名にふさわしい人物だ。

「貴様らに2つ訊きたいことがある」

 魔剣に支配されたグラムが言う。

「……何だ?」

 一体どういうつもりかは分からないが、戦意は感じられないのでひとまずそれに応じる。

「1つ目は、石を砕いたのは貴様らかということ。2つ目は、ここで本は見つかったのかということ。回答次第では、貴様らを生かしておいてやってもいい」

「……ゼファーの魔石のことなら、私です。本、というのは、何の本なのか分かりませんが」

「貴様らの言い方をすれば、グリゲルの魔本だな。それを探していたのではないのか。そう思ったからこそ、貴様らを殺すために遣わされたこの男をわざわざ支配して、ここで待っていたのだが」

「なるほど。もし魔本が見つかっていたら、それを横取りするつもりだったってことか。だが残念だったな。魔本はここにはなかったよ」

「そうか、残念だが」

 人でない魔剣は人間臭い仕草を取る必要がない。

だが言葉尻からこれを宣戦布告と捕らえたリチャードが、剣を構えた態勢のまま半歩踏み出す。

「やめておけ。今の我は、貴様らの敵う相手ではない。例え我を叩き落せたとしても、この男は単体でも充分に強く、そしてすぐにでも我を拾い上げるだろう。そこの娘の時と同じと思うな」

「無抵抗で殺されるくらいなら、抵抗してお前も道連れにする方を選ぶね」

「勇ましいな。では、もう1つだけ訊く。ここで一体何をしていた。我らを滅ぼす方法でも模索していたか」

「違う!」

「では大方、石によって変化を遂げた連中を元に戻す方法を探していたというところか」

「……」

 沈黙を肯定と受け取った魔剣は、小さく「ふん」と鼻を鳴らす。

「方法ならある」

「な……!」

 思いがけない魔剣の言葉に、ホアンを除く4人が素っ頓狂な声を上げる。

「石があれば、奴らを元に戻せる。もっとも今は砕け散り、そうでなくとももはやそれだけの力は残されていなかったが」

「そんな……」

 期待を裏切られた形になった4人は、戦闘態勢こそ崩していなかったものの、それでも幾分か落胆していた。

ホアンに至っては初めから期待などしていなかったのか、ずっと直立不動のまま沈黙を保っている。

「よく聞け。我ら剣、石、本は皆代々のグルジによって創られた。本は少々種が異なるが、基本的に石にできることは我にもできる。我が力を貸せば、奴らを元に戻すこともできる」

「お前が……? 僕たちに味方してくれるというのか……?」

「リチャード殿。甘言に惑わされてはなりませぬぞ。魔剣は触れた者の精神を支配するのでしょう。そう言って奴は、リチャード殿を乗っ取るつもりやもしれませぬ」

「魔力も剣技もその者より優れた器を既に手に入れているのだ。そんな回りくどいことをする必要などない」

「なら何故!」

「先に我の封印が解かれた時のことを覚えているな。ではなぜ、石より先に我だけの封印が解かれたと思う」

「……」

 何も答えられない5人に、魔剣が続ける。

「連中は我を、単に人心を惑わす強力な剣としか思っておらん。ついでに言うなら、人の手さえ離れてしまえばたちまち役に立たなくなる欠陥品だともな。実際は先に我が説明した通りなのだが、それはまあいい。とにかく連中は、自分たちの力で結界を破れるのかどうか、そしてオグル族の神器は本当に使い物になるのかを見るために我を解放したのだ。早い話が、石を解放する前の様子見というわけだ」

「で、でも…先にそんな事件が起こっちゃったら周りから警戒されるし、そのせいで石を宮廷魔導師に取られちゃうことだって……」

「……それは、ないでしょうね。学校の敷地内であれば、先生方はその情報の全てを操作、管理できるだけの力があったもの。事実、あの事件は外部の物取りの仕業ということになって、停学になっていた3人も戻ってこられたでしょう? 一度破られた結界は先生方だけで張り直したけれど、それも今考えれば、後でまた取り出すためのものだったんでしょうね。施術者であれば、結界なんて自分でかけた鍵を開けるようなものですもの」

 エレノアの疑問に、フィオリナが答える。

「我はあの施設やその管理者についてはよく知らんが、なるほどな。つまりはそういうわけだ。それでだ、我としても連中にいい感情は抱いておらぬ。貴様らが我の要求を呑むなら、我の力を貸してやらんでもない」

「要求…だと?」

「聞いてはなりませぬぞ。かのフォルテスも、その甘言に乗って堕天なされたのです」

「あの女、フォルティーナのことか。あれは悪名高い皇帝だったな。濃すぎる血が乱心の元だと言われていたが、男装し、自らを神と名乗り、みなしごをさらわせてきては、その原型が分からぬくらいにまで切り刻んでもてあそぶ。その光景を実際に見たことはないが、そう聞き及んでいる」

「お前の仕業じゃないのか……?」

「貴様らは何か勘違いをしている。そのフォルティーナには双子の弟がいた。双子といっても同時に産まれたというだけで、父親は別だったらしい。こちらはまあ普通の人間で、姉の凶行に眉をひそめていた。だが、力では決して敵わない。そんな折、奴の手に渡ったのが我だ。奴は我の力を以て姉を仕留めると、取り囲む衛兵らの内10人を一度に薙ぎ払いその場を収め、次代皇帝の座についた。我はフォルティーナのものではない。ピアヌスの側の剣だ」

「そんな…フォルテスの魔剣が実はピアヌスの聖剣だったなんて……」

「我は強い力、強い野心を持つ者の手に渡ることのみを欲求としている。その者の目的がどうであろうと興味はない。ましてや、人の生き死になどどうでも良い。その後ピアヌスは我の力を以て戦神と崇められるまでになったが、それは我の意思ではない。我は触れた者全てを支配するわけではない。基本的には持ち主の意思を尊重する。例えばそこの小娘の場合は、あまりに弱い体だったために別の人間を探す必要があった。だから我が前面に出た」

 淡々と語る魔剣の口調からは、それが嘘か真か判断する術はない。

このまま信用できるものでは決してなかったし、かといって、他に方法がなくすがりたい気持ちがあるのもまた正直なところだった。

「ピアヌスの聖剣…それはまばゆいばかりの白刃の剣で、刃こぼれは自然と修復したとあります。ですが今の貴方は、今にも折れそうな錆びた棒ではありませんか」

「なりなど関係ないと以前言ったはずだが。まあいい。連中の目を欺くために今までこの姿のままでいたが、いいだろう。我の本来の姿を見せてやろう」

 そう言うと剣はたちまちその姿を変え、先ほどとはうってかわった雪のように白く輝く刀身が現れた。そのあまりの美しさに、一同が思わず見とれてしまう。

その沈黙を納得と受け取ったのか、魔剣が先を続ける。

「さて、要求だが。本を捜し、そして見つけ次第滅ぼすこと。これを誓ってくれるのであれば、我の力を貸そう」

「……何故だ。お前たち3つはそれぞれ兄弟みたいなものなんだろう?」

「あれらがいると、我が野心家の手に渡る機会が減る。力ある神器は1つあればいい。だが我では、石と本を滅ぼせないように創られている。だから石を滅ぼしてくれた貴様らのために、一つ骨を折ろうと言っているのだ」

「リチャード殿」

「──分かっています! 悪いけど、そんな話を信じるわけにはいかないんだ」

「そうか」

 そう言うと、魔剣がグラムの手を離れる。

代わりにグラムの手中には氷の剣が現れたかと思うと、そのまま一気にリチャードとの間を詰めてきた。

リチャードは咄嗟に剣を抜くと、これを寸手のところで受け止める。

「ぐっ……!」

「リチャード殿!」

 ホアンとフィオリナが魔法を放とうとするが、それより速くグラムが無数の氷の刃を2人に放つ。

咄嗟に防御に切り替えた2人だったが、リチャードらとの距離を開けられる。

「……拾わないのか?」

「どういうつもりで俺から離れたのかは知らねぇが、もうあんな自分の思い通りに使えないナマクラなんかご免だね! できりゃすぐにでも叩き折ってやりたいが、まずはお前らからだ。たっぷりと暴れさせてもらうぜ!」

 そう言って何度も激しく打ち付けられる氷の刀身。

態勢を立て直したホアンとフィオリナはリチャードに助力しようとするが、どうにも彼の体が邪魔になって入り込めない。

防戦一方だったリチャードは、ついには自らの剣を叩き折られてしまう。

「チェックメイト!」

「させないっ!」

 咄嗟に飛び出したエレノアがリチャードの体を抱え、そのままの勢いでグラムの剣をかわす。

その一瞬の隙をついてホアンが稲妻を、フィオリナが炎をグラムに浴びせる。

「ちっ!」

 後方に跳んでそれをかわすと、再び無数の氷の刃を2人に放つ。

「邪魔臭ぇ。まずはあんたらからだ!」

 言うが早いか、まずはホアン目掛けて一気に距離を詰めるグラム。

体力も反射神経も平均より劣るホアンは、その刃の前に成す術もなく左腕を失った。

「ぬおぉ……っ」

「ホアンさ──」
「次はあんただ!」

 ホアンの血がついたままの氷の剣が、すぐ隣にいたフィオリナを襲う。

フィオリナは咄嗟に魔力を集中させると、その氷の剣を一気に蒸発させた。

「滅びよ!」

 その間にホアンが渾身の力で稲妻を放つ。

多少中和に成功したグラムだったが、その衝撃に激しく吹き飛ばされる。

「てて…やるなぁ。けど……!」

 ダメージも少なく、すぐに立ち上がったグラムは、その手に新たな氷の剣を創り出した。

氷の剣は魔力ある限りいくらでも再生し、その強度も自在に変化させることができる。──鉄の剣なら、簡単に叩き折れるくらいに。

「次こそ仕留めてやるよ」

「リック! 2人が──」
「分かってる! 分かってるけど──」

 持ってきていた剣は、先ほど折られた1本のみ。

自分の力ではグラムのように剣を生み出すことはできず、また仮にフィオリナにでも同様の氷の剣を創ってもらったところで、自らのものでないその剣は魔力による維持もできず、すぐにでも叩き折られてしまうだろう。

「はあぁっ!」

 リチャードが迷っている間にも、グラムの剣は無慈悲にフィオリナを襲う。

氷を一瞬で蒸発させるという離れ技を行ったために軽い貧血を起こしていたフィオリナは、動きたくても動けない。

(殺される……!)

「やあーーーっ!」

「うおっ!」

 フィオリナに刀身が触れる寸前で、グラムの体はエレノアによって倒される。

そしてそのまま四肢を抑え、自身の体重を最大限にまで引き上げる。

「ぐおっ!?」

 たまらず声を上げるグラムだったが、さすがにやられっ放しではない。

朦朧とする意識の中で魔力を集中させると、エレノアの体を炎で包む。

「きぁっ……!?」

 エレノアはたまらず地面を転げ回り、そのまま意識を失ってしまう。

「ガキが…っ。今のは…効いたぜぇ……」

 氷の剣を握り直し、今度はエレノアを標的に定めるグラム。

だがそのエレノアの体に、ノーラが上から覆い被さるようにしてそれを庇った。

「2人まとめて死にたいか。いいだろう、望み通りにしてやる」

 微塵のためらいもなく、無慈悲に振り下ろされる冷たい刃。

だがその刃は寸手のところで、きんっ、と高い音を立てて真っ二つに分断された。

恐る恐るノーラが顔を上げると、そこには白銀の剣を携えるリチャードの姿があった。

「リチャード…様……」

「そいつ…フォルテスの……っ! ちくしょう、この裏切り野郎め!」

「……ノーラさん、怪我は?」

「リチャード様…意識が……?」

「うん。どうやら誰彼構わず意識を支配するわけじゃない…っていうのは本当みたいだ。危険な賭けだったけど、どのみちこのままじゃ全滅だからね」

 すいっ…と、リチャードがその切っ先をグラムに向ける。

グラムは一歩退くと、折られた氷の剣を修復した。

「この剣は俺の思い通りにその硬度を変えられるんだ。その気になれば、岩だって砕けるぜ!」

 そう言ってリチャードに剣を振り下ろすグラムだったが、次の瞬間、その自慢の剣はバラバラに砕け散っていた。

「な……っ!」

「まずは君で試させてもらうよ」

 リチャードがそう言うと、魔剣が白い光を放ってグラムを包み込む。

しばらく悶絶していたグラムだったが、それもしばらくして収まり、やがて呆けた表情でその場にへたり込む。

「あ…う……」

「気分はどうだい?」

「う…あ…あ、ああ…なんか気持ち悪いが…大丈夫だ」

 それを聞いて安心したように頷いたリチャードは、ホアンに駆け寄ると、その斬られた腕を接合した。

「……どうやら失った血までは戻せないようです。しばらく動くのは無理ですね」

「しかし…信じられぬ。まさか魔剣が……」

「持ち主次第…なんでしょうね、結局のところは。それにフォルテスについては、さっきの話を信じるなら無関係ですよ」

「うむう……」

 いまだ半信半疑といったホアンの前で、リチャードが元の主人を失った鞘に魔剣を収める。

騎士用の多少大振りのものだったので、魔剣はそこにすんなりと収まった。

「う…ん……? あ、生きてる……?」

「レナちゃん!」

「あ、ノーラちゃん…げっ! 思いっきりこいつ無事じゃない!」

 上にかぶさっていたノーラを押しのけながら、グラムに指をさして大声を張り上げるエレノア。

「いや、その…悪かったな。今は正気だ。安心しろ」

「あーーーっ! 髪がところどころ燃えちゃってるじゃない! どーしてくれるのよ! 髪は女の命なんだからね!」

「フィーさんのに比べたら大した髪じゃないだろ。大体そんなに長くもないんだから、しばらくすれば戻るだろ」

「リックくん?」
「リチャード様……」

「あー…・・。えっと、それで…たしかグラム先輩だったかな。これまでの記憶とかはあるんですか?」

 3人の視線にばつを悪くしたリチャードは、話を変えようとグラムにそう尋ねる。

「ある程度は。なんか妙にハイな気分になって…そう、まるで夢の中にいるみたいな感じだった。これは夢なんだから、何をしてもいいんだ。……そんな感じかな」

「では、詳しいお話は城の方で。同行願えますね?」

「でもリックくん。ホアンさんはとても動かせる状態ではありません。ましてや魔力を隠すなんて」

「切り詰めればあと1泊くらいなら食料はなんとかなりますけど…厳しいですね」

「これで瞬間移動すればいい」

 そう言って、魔剣に手をかける。

「私はまだ完全には賛成しきれませぬが……」

「僕だってそれは同じですよ。でも、もう今の僕たちにはこれしか残されていない。もし僕が剣に操られたらその時は…宮廷魔導師全員でかかれば抑えるのはたやすいでしょう。だから……」

「……ふう。私はともかく、例えリチャード殿といえど、他の宮廷魔導師らは容赦しませぬぞ。それでも、よろしいのですな?」

 その問いかけに、ただにっこりと微笑むリチャード。

「さあ、帰りましょう」


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