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第07話
危急存亡の秋


 リチャードら一行が"ピアヌスの聖剣"を持ち帰ったとあって、城のいたるところで歓喜の声が上がる。

初めは半信半疑だった者も、試しに捕らえてきた魔物が正気に戻るのを見て、納得せざるを得なくなる。

ただ、ホアンだけは依然としていぶかしんでいたが、状況が状況だけに押し黙る他ない。

早速とばかりに緊急会議が開かれ、今後の作戦を練ることとなる。

 剣の力で人々を正気に戻せる──それは実証済みだ。

だが数千万が相手となると、やはり一筋縄ではいかない。

ひとりひとりやっていたのでは効率が悪い上、すぐにでも安全な場所へと移さなければその場で犠牲になることも有り得る。

剣が言うには、魔石を用いた時のようにあの魔法陣の上に乗せて力を使えばまとめて処理できるということだったが、グラムの話では、もう大分前に消されてしまったそうだ。

魔法陣の様式については剣も知らないらしいが、幸いフィオリナがそれを憶えているという。

試しに羊皮紙に描かせてみると、彼女は何の迷いもなくすらすらとそれを描き上げていった。

ただし空に映ったのは鏡像となるので、実際にはこの左右対称となる。

 この魔法陣が正しいとして、あとはどこにこれを描き上げるかだ。

使えそうな場所は城の中庭、ラグナラ神学校の校庭、そして郊外の農耕地の3つ。

城の中庭は自分たちの懐に潜り込ませることになるので、一歩間違えば危険を伴う。

校庭は最もリスクが高いが、ここを押さえてしまえばそのまま一気に決着をつけることもできる。

農耕地は安全ではあるものの、街道を守っている者らを除けばほとんどの敵は都市部に固まっているため、そこまでおびき出すのが難しい。

いずれも決定打に欠けるため、どれにするかで騎士らが口論を繰り返していた。

「リックくんはどれがいいと思いますか?」

「僕は…中庭かな。描く際に妨害を受けたら元も子もないし、かといって農耕地じゃどうにもならないしね。フィーさんは?」

「私は…校庭かしら。お城だと、この先避難民を受け入れていくだけの余裕がありませんし。例え危険でも、このまま一気に決着をつけてしまった方が得策だと思います」

「確かにそれはあるね」

 そんな2人をよそに、ただ黙々と地図とにらめっこするノーラ。

指で何かをなぞる動作を繰り返すと、やがて何かを確信したように言う。

「あ、あの…ちょっとこれを見て欲しいんです…けど……」

「何だ小娘。今我々が真剣に議論をしているのが分からないのか? まったく、姫の学友だか何だか知らんが、ちゃっかりと会議室にまで顔を出しおって。図々しいにも程がある」

「あ…う……。ご、ごめんなさい……」

 ガラハドに制され、萎縮したノーラが涙を浮かべる。

リチャードはそんな彼女に「ごめんね」と言うと、父に対して抗議の声を上げた。

「──父上。真剣に考えているのはあなた方だけではありません。こんな事態だからこそ、皆が知恵を出し合ってゆかねばならないのではありませんか?」

「青二才が。つい先日まで眠り呆けておった役立たずが偉そうに。いいだろう、だが愚にもつかん意見なら容赦せぬぞ」

「お叱りなら自分が。さ、ノーラさん」

「で、でも……」

「いいから」

「はい……」

 涙目をこすりながら持っていた地図を広げると、そこにペンで魔法陣を描き込んでいく。

それは今までに挙がっていた3つの案のどれとも異なり、隣にいたリチャードらや、地図を見に歩み寄ってきた騎士や宮廷魔導師らの間にどよめきが起こる。

「えっと…例え人々を正気に戻したところで、今ある城の備蓄だけでは皆さんをかくまうことはできませんよね。ここを取り返してしまえば食料の問題が解消できるはずですし、中庭や校庭よりももっと大きな魔法陣が描けます」

 そこは、大通りを含む商店街一帯だった。

もちろん空き地ではないし、描かれた魔法陣の線はところどころ障害物に重なっている。

確かにここなら飲食店も多いし、それらは地下貯蔵庫を持っているので食料の問題は解消できる。

「しかし描けないのでは問題外だ」

 そう言うガラハドに、今度は毅然として答える。

「円周を描く際に障害になる壁はこことこことここ…の3ヶ所だけです。中を描く時に主に邪魔となるこの辺り一帯は…移動店舗のスペースですので問題ありません。このお店はこの線上ですと敷地内を通れます。つまりこの通りに魔法陣を描けば、壁を3つ壊すだけでいいんです」

 どよめきが先ほどより強くなる。

ガラハドと同様に彼女を軽んじていた騎士たちも、次第にこの案に同調していった。

「中庭よりも多少危険だけれど、手早くやってしまえば、校庭を使うよりずっと安全だね。大通りの一本道だから敵もおびき出しやすいし、正気に戻った人たちは地下の食料庫も利用すれば大量に保護できる。学校からも程近いし、うまくおびき出せれば敵の守りも一気に削ぐことができる……。うん、いいんじゃないかな」

「だが、机上と実際は違うものだ。そううまく行くものか」

「やってみる価値は充分にあるでしょう父上。それに、食料の問題があるのも事実です。ここは、彼女の案を採用しましょう」

 確かにこの案に一理あるというのは分かるが、それが貧民の少女のものだということに、プライドの高いガラハドは納得できずにいた。

加えて自分の子であるリチャードがその貧民の少女を擁護すること、そしていやしくも伝説の聖剣を独り占めしていることが、彼の苛立ちに更に拍車をかけていた。

「その剣をこちらに渡しさえすれば、いかに危険だろうと私が校庭に描き上げ、更にはそのまま一気に決着をつけてやるものを。貴様ごときこわっぱに、ピアヌスの聖剣は宝の持ち腐れだ。渡せ」

「以前も申し上げましたが、それはできません」

 今で魔剣はリチャードの手の中では何ら問題はなかったが、それでも他の者の手に渡ってもそうだという保証はない。

野心とプライドが人一倍強いガラハドは魔剣が好みそうなタイプなので自我が保たれる可能性は高いだろうが、例えそうだとしても、強力な力を得た彼が別の意味で凶心しないという保証もまたない。

「生意気な……未熟者のくせに、もう一人前の騎士気取りか。……まあいい。ではこの件については全て貴様に任せるとするが、その代わり失敗は絶対に許さん。いいな」

「承知しました」

 ふん、と鼻を鳴らしながら、その場を後にするガラハド。

その姿が見えなくなったところで、今まで隅で大人しくしていたエレノアがリチャードの隣に駆けより、「なぁによ、あれ」と漏らす。

「父上も、いい加減疲れてきてるんだよ。一気に終わらせてしまいたいと思ってるからこそ、焦りも出る。父上をあんまり責めないで」

「リックって…私以外の人には優しいよね」

「紳士だからね」

 ぽかん!

「っ…そ、それで本題だけど、なるべく早い方がいいよね。できれば今夜。それで担当だけど……」

「魔法陣を描くにあたっては、魔力を隠せる者が適当でしょうな。私を含めた宮廷魔導師12人と…フィオリナ殿もお願いできますかな?」

「ええ、もちろんです」

「僕も行きますよ。剣の力を借りれば、僕も魔力を隠せる」

「あとは魔法陣が完成した後のことですけれど……」

 フィオリナがそう言いながら、ちらりとエレノアを見る。

「国王陛下、失礼ながらセシリア姫のお力をお借りしたいのですが、お許し頂けますでしょうか?」

 彼女のこの言葉に、その場に居合わせた全員が激昂する。

さすがのリチャードもこれには驚き、心配そうな目でフィオリナを見やる。

「……フィーさん?」

「フィオリナ…と言ったか。お主、自分が何を言っているか分かっておるのか?」

「はい。この作戦は非常に危険を伴いますゆえ、正式に許可を頂きました上で、彼女には任に就いて頂きたいと考えた次第です。それに今回は全員総力を挙げての作戦です。先のように勝手に事を起こしては、現場に混乱をもたらします」

 ドタバタに紛れて不問となっていた自分の行動をむしかえされて内心気が気でないエレノアだが、王はそんな娘の様子に気づく余裕すらなく、更にフィオリナを問いただす。

「そもそも、セシリアが一体何の役に立つと言うのだ? 猫の手も借りたいという程度の理由なら、認めるわけにはいかん」

「お言葉ですが陛下。セシリア様は陛下がお考えであるほど無力ではございません。恐らくこの作戦は、セシリア様なしでは為し得ないでしょう」

 騒然とした会議室内が、この一言で更に騒々しさを増す。

宮廷魔導師や騎士らがいるこの中にあって、ただのラグナラ神学校の1年坊、それも決して優秀ではないエレノアの方が彼らより役に立つという発言は、彼らのプライドに傷をつけるものだ。

ホアンだけは事情を理解したのかいたって温厚そのものだが、その他に至ってはもうそれぞれが何を言っているのか分からない。

「ええい静まれ! ……お主、セシリアがそれほど使えると言うのなら、それを見せてもらおうか。その結果如何では、考えてやらんでもない」

「……え、ええ!?」

 父の言葉にうろたえる娘をよそに、フィオリナは涼しい顔のままで言う。

「では、宮廷魔導師の方々をお借り致します。皆様には謁見室で5分間鬼ごっこをして頂き、見事逃げ切れたならばセシリア様の勝ち…よろしいですか?」

 言って、フィオリナがにっこりと微笑む。







 場所を謁見室に移し、鬼ごっこが開始される。

この部屋は大会議室を除けば城内でも最も広い場所で、障害物の類が柱くらいしかないので鬼ごっこには適している。

最初はエレノアを甘く見て手加減をしていた宮廷魔導師らだったが、予想外にいい動きをするエレノアにすっかり翻弄される形となる。

ただホアンだけは初めから無駄な体力を使う気はないのか、ただ黙って見ているだけだった。

「セシリーって…あんなに機敏に動けたんだ……。洞窟で1回は見たことがあったけど、あれは夢中だったからだとばかり思ってたよ」

「私たちが校内に潜入した時、彼女が敵を引きつけてくれたんです。でもあの時よりも…動きが良くなってます。正直、期待以上です」

 今や完全に宮廷魔導師らは本気だった。

当たれば確実に危険な威力の魔法を容赦なく放ち、エレノアと同種の運動の能力を持った者らはその力を最大限に引き上げる。

だが単に運動能力を上げるだけの彼らに対し、状況に応じて自身の体重を自在に変化させて動きに不規則性を持たせるエレノアは、それらをまるでものともしなかった。

それより何より、エレノアの反射神経は人並み外れて優れている。

恐らくこの中でエレノアを捕まえられるのは、魔剣の力を借りたリチャードくらいのものだろう。

「なるほどね。魔法陣に敵を乗せる際、一番危険な学校から引きつけてくる役目をセシリーにさせようってわけか」

「そういうこと。若い魔法使いが大勢いるあそこから誘導するには、動きの鈍った宮廷魔導師では荷が重過ぎますから」

 半人前とはいえ魔力を持った者の多いラグナラ神学校の生徒らを1人でも多く奪還することは、敵の戦力を大幅に削ぐ結果となる。

正気に戻った彼らは、主に精神面において未熟なので戦力としては望めないが、敵の牙城である学校の警備を希薄にするのは非常に大きな意味を持つ。

そしてそれが出来るのは、他の誰でもなくエレノア唯ひとりだけだろう。

「……そろそろ5分ですね」

 用意された砂時計を見て、ノーラが言う。

ノーラは洞窟でしかエレノアの動きは見ていなかったが、それでも先の大役を見事に成し遂げて帰ってきたのを知っていたので、フィオリナほどではないが安心して眺めていた。

「5分経過しました! そこまで!」

 審判役の騎士の声で、エレノアと宮廷魔導師らの動きが止まる。

エレノアはまだ余力があり涼しい顔をしていたが、宮廷魔導師らはただ見ていただけのホアンを除いて、その誰もが肩で息をする有様だった。

そもそも魔力に秀でた宮廷魔導師らは、ホアンもそうだが体力面では平均より劣る。

単に魔法だけでの競り合いなら強い彼らだったが、こうまで肉体の能力を必要とする動きには全く不慣れだった。

「お許し、頂けますね陛下?」

「うぬう…だが、しかし。考える…とは言ったが、認めるとは言っておらぬ」

「見苦しいよパパ」

「黙れ! お前に父親の気持ちが……! いや、それはどうでもいい。とにかく! 認めるわけにはいかん」

「陛下、自分からもお願いします!」
「セシリア様でしたら、きっとお役目を成し遂げられることでしょう」
「フィオリナ殿にご許可を!」

 かたくなな国王に対して、その場にいた騎士らがこれに反発する。

もはやエレノアは、彼らにとっての勝利の女神となっていた。

「いい具合に士気も上がってくれたね。これも計算済み?」

 リチャードのその問いかけに、ただにっこりと微笑みを返すフィオリナ。

「ぐ…仕方がない。だが、決して無茶はするな! ……いいな?」

「分かった。……って」

 くるりとフィオリナの方を向く。

「……結局私、何をすればいいの?」







 作戦は、夜のとばりを待って決行された。

なるべくサウンドは控える方向で、店舗の移動や壁の破壊などの作業は一番後だ。

各自ノーラが描き記した地図をもとに、慎重かつ迅速に魔法陣を作成していく。

 商店街に描き上がる魔法陣の大きさは、城の中庭や学校の校庭に描けるものの5倍以上の規模だ。

実際は中央を通る大通りくらいにしか敵を呼び込めないので2倍相当となるだろうが、それでもうまくいけば、一度に数千の人は元に戻せるはずだ。

「こちらも終了した」

「ふむ…これで全部ですな。あとは3ヶ所の壁のみ。これの破壊とその後の対応については、各自2人ずつに分かれて行うものとする」

 ここまでの作戦が無事完了したことを確認すると、ホアンが次のプランを指示する。

「運動、時空、光の魔導師は各地より敵の扇動を。姫様は……」

「僕が起こしてきますよ」

「ではお願いするとしましょう。夜明けまではあと1時間…各自持ち場につくように」







 バルコニーに吹き抜ける秋の風が心地良い。こんなことさえなければ、絶好のピクニック日和に違いない。

エレノアはぐぅっと背伸びをすると、宮廷魔導師用の紅のローブを上から被る。

「あ、もう起きてたんだ。それとも、眠れなかった?」

 後ろからリチャードの声。

「ちゃんと寝たよ。大丈夫、体調はばっちり。むしろ緊張感が心地いいくらい」

「そっか、良かった。学校まで送ろうか?」

「ううん、いい。ちょっと体も温めたいし。自分で歩くよ」

 それはまるで通学前の学生の会話そのものだったが、今から彼らが向かうのは紛れもなく死地である。

魔界と化してしまったこのカナンを取り戻すため、そして自分たちが本来あるべき場所へ戻るための戦いをするために。

「これで…終わるんだよね?」

「ん…実際にはその後先生たちと戦って、残りの人たちもみんな戻す作業があるけどね。でも、これが成功すれば、確実に終わりには近づけるよ」

「……がんばろうね」

「……うん」

 城を後にする2人を見送る影の中に、ノーラの姿があった。

2人はただ簡単に「行ってきます」とだけ言うと、少し間があった後、ノーラは精一杯の笑顔で「行ってらっしゃい」と返した。

今ではみんなの中では唯一実戦に出られない身となっていたノーラだったが、彼女には以前のような劣等感はもうない。

自分の作戦が認められたというのがやはり大きく、今では自分にも何かしらできることがあるという自信で満ち溢れていた。







 派手な音を立てて壁は崩され、それを合図として待機していた兵士らが大通りで喚声を上げる。

各地に散っていた宮廷魔導師とエレノアも行動を開始し、各々各地からできる限りの敵を扇動してくる。

エレノア担当の学校については、先の一件があったために用心されているのか、追ってくる敵の数はいささか少ないようだ。

とはいえ追っ手のほとんどは魔法科の生徒らで、数が少ないとはいえ油断はできない。

 連れられてきた団体らが魔法陣の上に収まったことを確認すると、リチャードは魔剣の力を解放する。

上空にあの時と同じ、ただし色だけが異なる魔法陣が浮かび上がり、その上にいた魔物らが次々と正気を取り戻していく。

寸手のところで魔法陣から逃れた魔物らはその場から離れようとするが、周囲を取り囲んでいた兵士らによって捕らえられ、魔法陣の中へと放り込まれる。

そして元に戻った人々はすぐに商店やその地下貯蔵庫へと匿われ、収まりきらなかった分は順次城へと誘導された。

──こうして昼前までに、市街地は完全に奪還された。

「見事だリチャード。まさか貴様がここまで成長していたとは、夢にも見なかったぞ」

「ありがとうございます父上」

 この大成功にリチャードの父ガラハドも珍しく上機嫌だった。

あとは郊外や国境付近に固まっている大隊がある以外は、女子供などの非戦闘員や、散り散りになっている連中ばかりだ。

これらは兵士や国の男らによって捕らえられ、今もなお城に続々と連れ込まれてくる。

城の中庭には第二の魔法陣が描かれている最中で、これが完成次第使われる予定になっていた。

「この勢いのまま一気にラグナラ神学校に侵攻をかけようぞ。今ならば落とすのは容易い」

「……ですが父上。あそこにはまだ多くの生徒らがいます。軍による正面衝突では、犠牲者が多すぎます」

「何を甘いことを。これまでの攻防でも既に多くの命が失われている。事態が長引けば長引くほど、それは増えるだろう。なればこそ、それが最善の策なのだ」

「それは…そうかも知れませんが……」

 その時、城内のあちこちで奇声が上がる。

「何だ!?」

「リック! 空見て空! 大変なの!」

 部屋に飛び込んできたエレノアに腕を掴まれ、そのまま窓辺へと連れて行かれるリチャード。

ガラハドもその後に続き、空を見上げる。

「これは……」

 そこにあったのは、巨大な真紅のドラゴンだった。

そもそも実在しないとされる伝説上の生き物なので実際に見たことはないが、古書の挿絵として描かれているその姿にあまりにも酷似していた。

『これは本だ。奴らいつの間に』

 魔剣がリチャードに語りかける。

「……本? グリゲルの魔本のことか? それはたしか……」

「『グリゲルの魔本、そは封印されし101の魔物。それらはいつの日か解き放たれ、自由を取り戻す』」

 リチャードの隣にやって来たフィオリナが言う。

『違う。あれはグルジが本の中に作り上げたものが実体化したものだ。実在の生物が封印されていたわけではない』

「では…剣よ。あれを倒す方法は?」

『我にはできない。前にも言ったように、我は石と本を滅ぼすことはできない。我の力は、本の力であるあれにも通用しない。それと言うまでもないが、ドラゴンが相手では人の力ではどうしようもない』

「そんな……」

「リチャード? 何をぶつぶつ……」

「危ない!」

 エレノアが3人を抱え、部屋の奥へと駆け込む。

一瞬遅れてドラゴンの吐いた炎がその窓を割り、割れた破片が彼らの上へと降り注ぐ。

『方法は1つだけだ。奴らから本を奪い、滅ぼすこと。そうすればあれも消える』

「となると…学校に攻撃をかけるしかないってわけか」

「だから何をさっきから。それにその案は、先ほど貴様が否定したものぞ」

「剣が云ったんですね。あれがグリゲルの魔本の仕業で、それを滅ぼせば消せる、と」

 剣のことを理解していないガラハドのために、あえて問う格好でそう言うフィオリナ。

「うん。だから一刻も早く、魔本を使っている人物を…先生を倒さないといけない!」

「だが、この状況で誰が行ける! 兵も宮廷魔導師らも、あれの相手だけで手一杯だ!」

「リチャード殿、フィオリナ殿、それと…姫様も。その大役、お願いできますかな?」

 倒れている4人の傍らで、いつからいたのか、ノーラを伴ったホアンが言った。

「ここは私どもが死守致します。その間に、魔本を」

「ホアン殿、またも姫を危険に晒すというのか! 行くのは愚息とこの女だけで充分だ」

「お叱りなら後で。今回は隠密行動を必要としませぬ故、姫様のお力が存分に生かせると考慮してのことです」

「分かりましたホアンさん。……ご無事で!」

 言うが早いか、リチャードはフィオリナとエレノアの2人を伴って、学校へ向けて瞬間移動を行った。

「あっ! ……おのれ」

「その元気を、これからの戦いに生かしてくださることを期待しますぞ。ではノーラ殿、作戦会議をするとしましょう」

「は、はい!」

 ホアンとノーラが去って行く中、城内には聞くに堪えない罵詈雑言が響いていた。


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