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第04話
傾国の道化師


「いたよ、あそこ!」

「まさか本当に……!?」

 事件翌日の夜。

犯人の目撃者であるリチャード、ノーラ、フィオリナ、エレノア、ルカの5人は、それぞれ2人ずつの警邏隊員を伴って、次の犯行現場として有力なポイントを手分けして巡回していた。

時刻はそろそろ午前1時といったところ。

王女と騎士団長代行補佐の命令ということで事務的に出てきていた警邏隊だったが、まさか出るとは思っていなかった「それ」の出現に士気を取り戻す。

エレノアが指さした先には、子供くらいの身長と光る双眸。ローブらしきものを被っていて、顔は良く見えない。

隊員の1人は咄嗟に槍を構え、残る1人は発煙筒を炊いて他の隊に連絡を送った。

そしてそんな2人をあざ笑うかのように小さな吸血鬼はニタリと笑い、魔法使いでしか有り得ない跳躍で建物の屋根へと飛び移る。

「私が追う!」

「お待ちください!」

 警邏隊員の制止も聞かず、エレノアがその影を追う。

しかし単純な追いかけっこでは、どうやらあちらに分があるようだ。

エレノアはどんどん距離を開けられ、やがて目で確認するのも難しいほど離される。

するとその進路に突然火柱がたち上り、吸血鬼はたまらず身をよじって地面へと降り立つ。

魔力を隠して待ち伏せをしていたフィオリナの手際だ。

「はぁっ!」

 フィオリナは間髪入れずに、無数の氷の刃を容赦なく吸血鬼へと放つ。

それらは寸手のところでかわされるものの、かろうじて1本だけかすったのか、脚をくじいた様子の吸血鬼がその場でよろける。

そしてそうこうしている内に、エレノアが追いついた。

「レナ!」

「うん、つかまって!」

 咄嗟に逃げる吸血鬼の後を、フィオリナを伴ったエレノアが更に追跡する。

こうなるともはや、運動魔法使い以外にはどうすることもできない。

一同はとにかく逃げ去った方を追うように通りを走っていると、ややあって、少し離れた場所で火柱が上がるのが見えた。

「やられたか?」

「滅多なことを言うな! とにかく急ぐぞ!」

 現場はそう遠くもなく、1分ほどで辿り着いた。

その場にあったのは焼け焦げた死体のようなもの。そしてそれを見下ろす2人の少女。

「ご無事でしたか」

「ええ、なんとか。……申し訳ありません、生け捕りは難しいと判断しましたので、やむを得ず仕留めさせて頂きました」

 警邏隊の1人がその死体に近づき、肉の焦げた匂いに顔をしかめながらそれを確認する。

そしてややあって、他のグループのメンバーも集まってきた。

「どうだ?」

「まあ原型はさすがに分からないが、まず間違いないだろうな」

「牙が人間より若干発達しているみたいですね。それに、羽らしきものまである……。あの力といい、本当に吸血鬼だったのかもしれませんね」

 死体を観察しながら、リチャードがそう言う。

「確かに、これくらいの子供であれほどの魔力を持っている人間というのは考えにくいですが……」

「グリゲルの魔本。あれなら可能かもしれません。あれは確かに私が燃やしましたが、もしかすると焼失を免れたページがあったのかもしれません」

「なるほど、それなら……」

 もしそれが本当なら、死体など残らずにその場で消滅してしまうはずだ。

しかしこの場にそれを知る者は誰もいないため、異論を唱える者は出なかった。

「では、後の処理はそちらにお任せします」

「了解しましたリチャード様。エレノア様、フィオリナ殿、此度のご協力、まことに感謝致します」

「あはは…さすがに2日連続だと眠いね」

「私も…最後のでちょっと魔力を使いすぎてしまいました。ノーラ、悪いけど肩を貸してもらえる?」

「あ、うん」

「送ろうか?」

「いえ、大丈夫です。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」
「おやすみフィー、ノーラちゃん、それと、ルカくんもありがとうね」

 警邏隊はその場で処理にあたり、生徒らはその場で解散となる。

リチャードらも屋敷に帰ろうとするが、どうやらエレノアはもう限界といった様子で、船を漕ぎながら大きなあくびをしていた。

リチャードはそんな少女を背におぶると、早足で夜の通りを歩いていく。

そしてそんなリチャードを待ち伏せていたかのように、路地から人影が姿を現した。







 ──その6時間ほど前。

「……」

「うん? ああ、君たちか。いらっしゃい──というべきではないのかな」

 場所はとある中通り。

リチャード、エレノア、フィオリナ、ノーラの4人は、あの人形遣いの青年を訪ねていた。

相変わらず客はいない。

そこにあるのは、青年の他には使い古されたオルガンと、何体かの人形のみ。

……よく出来ている。

4人は人形についてはあまり詳しくないが、恐らくはそう新しいものではないのだろう。

着衣こそ最近のもののようだが、人形そのものは恐らく100年以上前のものだ。

もし叩き売れば、それなりの金額にはなるのかもしれない。

「それで、僕はどうなるのかな? 国外追放なら、こちらとしても願ってもないんだけどね」

 無表情で見下ろす4人に、普段と変わらない笑顔で淡々とそう口にする青年。

何もかもが、普段のままだ。

「ではやっぱり貴方が……」

「それは違う」

 リチャードの問いに答えたのは人形遣いの青年ではなく、その足元に寝転んでいた人形の内の1体だった。

褪せた赤い髪、淡い翠の洋服を着たその人形がむっくりと体を起こすと、まるで人間さながらの動作でその場に座り、リチャードらに向き直った。

「こらこら、大人しくしてろって言っただろ」

「そういうのは性に合わぬのだ。……例の2人の人間を食らったのは私の独断だ。この男は関係ない」

 昨夜聴いた少女の声。

その可愛らしい声音に似合わない口調で、そう語る灼眼の人形。

「国外に転移するつもり…って言ってましたよね? それはこの人を守るため?」

「……そうだ」

 ノーラの問いに一瞬言葉を詰まらせ、ややあって、しかししっかりとそう答える。

「本当なら早朝にでもここを発つつもりでいたのだがな」

「それで事情を問いただしたらその…うちのが色々と迷惑をかけたみたいで済まなかったね。結果として僕が知らなかったとはいえ、人形を罰する法律がない以上、責任はマスターである僕にある。そうだろう?」

「主レト。やはりお主に話すのではなかった」

 2人、いや、1人と1体と言った方がいいのか──の意外な反応に戸惑う4人。

ただ少なくとも目の前のこの小さな人形からは、昨晩の闘気は感じられなかった。

「変わったな、ティースタルト」

 エレノアの声を借りて、その左手首にある聖剣が語りかける。

「……なんか美味しそうな名前!?」

「レナちゃん……」

「それはお主の方であろう、ウィルフレイの。昨晩の主であるそちらの小僧ならまだしも、その小娘を正式な主として認めているなど、以前のお主からはまるで考えられないことだ」

 場を壊すエレノアと呆れるノーラをよそに、ティースタルトと呼ばれた人形が淡々と語る。

そんな中リチャードは、昨晩感じた聖剣の違和感について思い出していた。

そもそも聖剣がエレノアを支配しない条件は、ザブランの兵法について学ぶことを引き換えとしていた。

しかしカナンに帰ってきて以降は、何も見返りはない。

つまり聖剣にしてみれば契約外のことであり、いつエレノアを支配して新たな主を探しても良かったというわけだ。

「さて、お主がここにいるということは、私を破壊するつもりなのだろうな。お主は他の力あるものを排他するようにできている」

「そのつもりだったが、貴様と話していて気が変わった。あとはこの人間らに判断を委ねることにする」

「まあどのみち法的措置に持ち込まれようと、所詮悪魔の人形は破壊されるだろうて。それならいっそ、やはり逃げる方が私は得策だとは思うがね」

 そう言って、自らの主である人形遣いの男、レトの方を見やる。

レトは1度大きく首を左右に振り、落ち着いた声で言った。

「タルトさえおとなしくしていてくれれば、君まで被害を被ることはないよ。彼らさえいいように計らってくれるのなら、僕だけが罰を受ければいい」

「そうなるくらいなら、例えどう思われようと主を連れてこの場を離れる」

「……どうしましょうか? ティースタルト、といえば神話に語られる堕天神の1人。魔剣と旧知ということから考えても恐らくはオグル族の遺物。普通に考えれば破壊するのが妥当、なんでしょうけど、でも……」

「詳しいな、娘」

 恐らくはティースタルトに悪意はなかったのだろう。なにより、被害者を死に至らしめているわけではない。

場合によっては全面対決するつもりで来ていたフィオリナだったが、この1人と1体の庇いあいを見ていてその気持ちは揺らいでいた。

「うーん…当面の目的は国内の混乱と不安を鎮めることだから、今後大人しくしていてくれるのなら、見逃してもいいんだろうけど……」

「けれど犯人が捕まるまでは、不安はなかなか消えないでしょうね」

 悩むリチャードとフィオリナを見て、エレノアが名案を思いついたとばかりに手を打ち鳴らし、そして言う。

「ならさ、犯人を仕立て上げない? 噂の吸血鬼でも作ってさ」

「本があれば、それも可能だったろうな。ティースタルト、貴様は『ページ』を作れるか」

「私の記憶構造は人間のそれに酷似している。全てを完全に学習できるお主と違い、例え見聞きしていたとしても再現はできぬよ。……まあ、とりあえずそういうことなら、私にも考えがある。罪滅ぼしと言っては何ではあるが、私に任せてはくれまいか」

 ・

 :

「上手くいったね」

「詳しく調べられればどうかは分からぬが、な」

 路地から姿を現した人影──ティースタルトが言う。

「大丈夫だよ。この国はただでさえ医学や解剖学が遅れてるし、それにあれだけ見事な焼かれ方をしていれば、調べもせずにすぐに処分すると思うよ」

「だと良いのだが」

 先ほどエレノアと追いかけっこをしていた影は、このティースタルト本人だ。

一方あの焼死体は適当に用意したサルとコウモリの死体を組み合わせたもので、ばれやすそうな部分は事前に念入りに焼いてある。

あの死体そのものを自動的に動かすこともできたそうだが、余計に力を消費する上、動きも緩慢になるということで今回は行っていない。

 ちなみにそれを行っているのが、ティースタルト以外の人形らとのことだ。

なんでもティースタルトを含めあの人形らは、核を内部に持っているために、外壁となる人形の体に遮られることによって、普段はその魔力が見えなくなるのだという。

「あと、数日中には通行許可証を作っておくから、それで自由に国外に出られるようになるよ」

「色々と面倒をかけたな」

「まったくだね」

 リチャードが若干の皮肉を込めて、はははと笑う。

ティースタルトはそんなリチャードを気にする様子もなく、その背におぶられているエレノアの方へと視線を向ける。

「その娘、本当に眠っているようだな」

「みたいだね。いつも割と早く寝る方だし、2日連続だったから特に眠かったんだろう。それに今日は恐怖心もなかった分、尚更ね」

「幸せそうな寝顔だ。なるほど、ウィルフレイのの気持ちも分かる気がする」

「ウィルフレイの…って、フォルテスの魔剣のことだよね?」

「そうだ。ウィルフレイ卿が自らのために作らせた剣。それに当時あったプランである、学習型の人工人格プログラムを組み込んだ結果がそれだ」

「プログ……なに?」

 聞き慣れない言葉に、リチャードが思わず訊き返す。

「早い話が剣の形をした赤子のようなものだ。とはいえ人間とは違い感情もなければ曖昧な記憶の連結もない。ただ知識を取り込むだけの好戦的な存在のはずのそれが、どうやらその娘をいたく気に入ったようだ。いまだに信じられぬがね」

「貴様とて、あの男に好意を抱いているだろう」

 エレノアの口を借りた聖剣が、黙っていられなかったとばかりにそう反論する。

「私は人間の記憶の完全コピーだ。不完全ではあるが、感情"らしきもの"も備わっている。好意"のようなもの"を抱いたとしても不思議はなかろう」

「君たちは一体……」

 リチャードの疑問に、聖剣らが答える。

「オグル族は人格を人工的に作り出すことを目標としていた。それゆえに邪悪な一族と呼ばれるようになった。我々、そして本は、手法こそ違えどそれを実践した結果だ」

「本の生物は魔導師が存在の全てを予めプログラムしたもの。剣は無の状態から所有者の記憶と経験を共有することによって、後付けで自我を形成しようというもの。ヴィトの器…つまり私は、人間の記憶を極めて強力な電気魔法で複写したもの。もっとも、その人間はその魔法に耐え切れずに死んでしまうから、実質複製というより移動。人間の中身を人形に移し換える行為に近い」

「じゃあ、魔石もそうなのか……?」

「あれはジェムを強化しただけのものに過ぎん。あれに自我はない」

「ジェム?」

「これだ」

 そう言うとティースタルトは、自らの口から紅い真球を取り出した。

それは五大元素全ての『色』を備えており、かつ強烈な魔力を放っている。

「魔石!?」

「これは言わば魔力の結晶だ。自然界の動植物…特に植物と鉱物のほぼ全てが魔力を備えていることはお主も知っておろう? そしてやろうと思えば、それらから魔力を吸い上げることも、溜め込むこともできる。もっとも、許容量が小さすぎるから大したことはできぬがね。ジェムというのはそうしたものを精製、結晶化したものだ。純度が高いほどより多くの魔力を蓄えることができる。そしてかつての高名な賢者らは皆、このジェムを使用していた。この時代では、その技術も失われたようだがね」

「そして石の奴は、それに人心を支配する電気魔法の工程をプログラムしたもの。貴様に分かるように説明するなら、魔法陣や、本のページに書いてあったような術式を刻み込んであったというわけだ。人の精神を支配する電気魔法は、人間が扱うには複雑すぎる。だから予め石の方にそれを埋め込んでおいたのだ。そういう意味では、これも人工人格の研究に行き着くことになるのかもしれん」

 あまりにも難しい言葉の羅列に、リチャードは完全には理解できないでいた。

とにかく分かることは、昔は今よりもずっと魔法の研究が優れていて、その中でもオグル族は、より優れた技術を「人間のようなものを人の手で作り出す」ことに費やしていて、その結果が今目の前にあるこの剣と人形なのだと。

「まあ、理解できなくても困ることはなかろう。そろそろ私は主の元へ戻る。あまり心配をさせるわけにもいかぬのでな」

「ああ、うん。おやすみ」

「私に眠りなどない。私には食欲や睡眠欲といった、記憶以外の基本的な部分が備わっておらぬ。それゆえに、私の感情は不完全なのだ。……まあ、どうでも良いことだな。では失礼する」

「あ…う、うん」

 もしかしたらティースタルトの気にしている部分に触れてしまったのかもしれない。

それを伺うことはできないが、もしそうだとしたら悪いことを言ってしまった。

知らなかったことなのだから、仕方がないといえばそれまでなのだが。

「長話になったな。そろそろ腕が疲れたのではないか。運動魔法への力の変換なら行うが」

「いや、いいよ。軽いし。それに、鍛えてるから」

「そうか」

 確かに、リチャードの目から見ても以前の聖剣とは違うのが分かった。

オグル族の人工人格の研究。使い方次第では恐ろしいものではあるけれど、完成していたなら人間のよき友としての未来もあったのではないか?

リチャードはなんとなく、そんなことを考えていた。


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