第06話
その向けられた銃口の先に
「敵軍はポイントDまで突破。現在も進軍を続けている」
空間転移をしてきた宮廷魔導師が、駐屯地に待機していたテオフィールとリチャードに報告をする。
「詳細は?」
「敵には魔力持ちが何人かいる。ダミーの魔法陣その他全ての罠を回避。落石は巨大な銃で破壊。人工雨の中では構わず発砲。どうやら防水対策が為されているらしい。……なお、私と共に作戦にあたった2名の魔導師が…死亡」
「2人、か。できれば無傷で行きたかったけれど、やはりそうは行かないらしいね。ありがとう、持ち場に戻ってください」
「分かった」
リチャードに言われ、その場を後にする宮廷魔導師。
テオフィールは軽くため息をつくと、リチャードに今後のことについて尋ねた。
「リチャード様、これからどうなされる?」
「まずは予定通りに。……だよね、ノーラ?」
「はい。これで敵の能力については大体分かりました。1つ、魔力が見え、危険察知能力に優れている。2つ、水は通用しない。3つ、聖剣に対抗しうる力を持っている…気がかりなのはこの点ですね」
聖剣は半径2mのあらゆる力を吸収できる。
しかしその吸収は一瞬ではなく、矢や弾丸のような速いものの力は吸収しきれず、最悪の場合は致命傷を受ける。それは実験で分かっていた。
『例え弾丸を受けても即時回復は可能だが、無数に受けた場合や、その巨大な銃というので肉片にされれば終いだ』
(力を中和しながら吸収は?)
『できる。だが向こうの威力が勝れば結果は同じだ。やってみないことには無事は保障できん』
「……うん、大丈夫。多分なんとかなるよ。それじゃあノーラ、後はよろしくね」
言って、隣にいる赤毛の少女の頭に手を乗せる。
少女は一瞬恥じらうような表情を見せるが、それはすぐに雲ってしまう。
今のリチャードの言葉に、嘘が含まれていることが分かったから。
「リチャードさん。必ず、生きて……」
「大丈夫、必ず戻るよ。それじゃあまた後でね」
リチャードは笑顔でそう答えると、テオフィールと共に馬でその場を後にする。
リチャードのその真新しい甲冑姿がとても綺麗で、そして悲しかった。
「さ、ノーラさん。中へ」
「はい……」
ノーラと同じ炊き出し班の娘が、砦の中に入るように促す。
この娘もまた、恋人を兵士に持つ立場だ。
彼女はただノーラの肩をぎゅっと抱きしめると、それ以上は何も言わなかった。
(見張りがいるな。いいか、一撃で仕留めろ)
(任せとけ)
ディルクに指示された少年が、慎重に狙いを定めながらきりきりを弓を引き絞る。
強気な言葉とは裏腹に、その手はかすかに震えている。
無理もない。いくら訓練をしてきたとはいえ、今まで相手にしてきたのはあくまでただの無機質な的だ。
人間を射抜くとなると、精神的なものも違ってくる。
(当たれ…当たれ、当たれ当たれ当たれ当たれ当たれぇーーーーっ!!)
祈るようにして放たれる1本の矢。
しかしそれは見張りの兵士に当たることなく、無情にもその半歩ほど隣の壁に突き刺さった。
(しまっ──!!)
「誰だ!」
異変に気づき、ディルクらのいる方へと銃を向ける兵士。
しかしその銃口の先から黒い影が飛び出したと思った次の瞬間、その兵士は声にならぬ悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
兵士の傍らには、小柄な少女の姿。
「……セーフ、かな?」
「助かりました、セシリア様。──ッの馬鹿野郎が!」
「す、すみませんっ」
「仲間割れしている場合じゃないだろう。とにかく中に進むぞ」
兵士の体を調べながら、冷静に言い放つアルフレド。
しかしいくら調べてみても、鍵らしきものが見当たらない。
「火薬樽を使うか?」
「いや、この段階であまり目立つことはしたくない」
火薬樽というのは銃にも用いている火薬を詰め込んだ小さな樽で、導火線に火を点けて時間差で爆発を起こさせる──つまり時限爆弾のようなものだ。
主に城砦攻略に用いられるクーヘンバウムの主要兵器の1つで、レジスタンスらはこれをいくつか事前に確保している。
「他の入口は?」
「後は正面だけだな。なんならここで火薬樽を使って敵の注意を逸らして、その隙に正面から突破するか」
「ちょっと待って」
「セシリア様?」
エレノアはそう言うと、問題の鋼鉄製の門に手をかける。
どうやら外からは開けられないように、鍵が内側にしか設けられていないようだ。
運動魔法使いのエレノアには、文字通りそれが「手に取るように」分かる。
エレノアは扉の向こうにある錠前に力を集中すると、その自重を高めて鍵を破壊した。
「開いたよ」
『おお……!』
その場にいた者たちからしてみれば、エレノアは単にノブに手をかけただけにしか見えない。
キィ、と軽く音を立ててあっさりと開いたその鉄の扉を目の当たりにして、一同はただただ驚くしかなかった。
「か、感謝します、セシリア様。後は自分の指揮で内部に突入しますので、一旦お下がりください」
「うん、お願い」
エレノアが数歩身を引くと、ディルクは扉をゆっくりと開け、内部の安全を確認する。
そしてディルクが手招きで部下らに指示を出すと、それを皮切りに突入が始まった。
「A班はこのまま俺と一緒に玉座を目指す! B班は武器庫を押さえろ、急げ!」
事前の計画通り、二手に分かれるレジスタンスら。
アルフレドとエレノアはディルクの後について、共に玉座の間を目指す。
「まったく、大した手柄だな」
「ここじゃ唯一の魔法使いだからね。頑張んないと。責任重大、でしょ?」
「ほどほどにな」
今回エレノアをアルフレドと同行させるように提案したのは、この作戦を知ったリセリアだった。
表向きは「レナの能力はそちらの作戦の方が向いているから」というものだったが、実際の意図は別のところにある。
もしカナンが敗北してしまえば、王族も魔法使いらも例外なく殺されてしまうだろう。
そうなった時のための保険として、本人にはそうとは悟られないように、エレノアには国外に行ってもらうことにしておいたわけだ。
幸いカナンにはエレノアの影武者となりうるリセリアがいる。
サディナらはリセリアのこの案に同調し、エレノアをランクルトへと送り込んだというわけだ。
(もしもの時はこいつを守って、いつかカナンを再興してくれ、か。……やけに信用されたもんだな俺も)
アルフレドは愛用の槍を握り直すと、周囲に気を配りながら先へと急いだ。
(万が一にでも負けたら俺がぶん殴ってやるからな。覚悟しとけよ女男)
「隊長、敵兵が!」
「あれは幻だ。このまま進め」
自分たちの前に現れた兵士らの影を指し、臆することなくそう言ってのけるクーヘンバウムの兵隊長。
彼は半年ほど前まではただの辻占い師だったのだが、魔力が視えるという理由から政府に買われて隊長を務めている。
一般的な軍事訓練の他危険予知の訓練も施されており、クーヘンバウムには彼と同様の人間が他にも何人か存在する。
(まさか最前線に回されるとはな……。生きて帰れば見返りも大きいが、聖剣とやらの砲撃を受ければひとたまりもないだろう。まったく、嫌な役どころだ)
そんなことを考えていると、正面の幻から次々と矢が放たれるのが見えた。
初めはそれも幻だろうと思っていたが、矢を受けた兵士が次々とその場に倒れていく。
「なにっ!」
「どうやら本物の兵士が紛れ込んでいたようです! 如何なさいますか!?」
「如何も何も、撃て撃てぃ!」
突然の攻撃に一時はパニック状態になりかけたクーヘンバウム軍だが、そこはさすがに訓練された兵士たちだ。
前衛の兵士らは次々と倒されていくが、それらを気にかける様子もなく、慣れた手つきで銃を構える。
直後、周囲に激しく響き渡る破裂音。
銃口から放たれた弾丸は、幻の兵隊の後ろにいるであろう本物の兵士らを容赦なく貫いているはずだ。
しかし矢の雨は一向に止む気配を見せず、しかもより一層その激しさを増した。
「効いていません!」
「そんなはずはない! 悪あがきをしている──ぐあぁっ!」
「隊長!」
兵士の目の前で隊長は喉に矢を受け、そのまま絶命する。
しかしこの男はあくまでただの注意喚起役であり、命令系統は元々更に上にあるため、特に問題にはならない。
クーヘンバウムの兵士らはその後もひるむことなく、鉛の弾を放ち続けた。
「いつまでもつかな」
『余計なことは考えるな。いくらかは後退できるとはいえ、決して余裕があるわけではない』
(そうだね、ごめん)
リチャードは矢…といっても竹を割いて作られた粗末な量産品のそれを弓につがえると、狙いもつけずに視界上方へと放つ。
光魔法による視界の屈折である程度の目測はついているが、当たっているかどうかなど分からない。
そもそもこの矢はそんな命中精度など備えていない。
とにかく数を撃って、撃って撃って撃ちまくる作戦だ。
前衛には光魔法による幻の兵士ら。この中にはリチャードが作り出したものも混じっている。
後衛には敵の弾を防ぐために用意されたかかし…といってもちょっと特殊なもので、作りとしては竹に布を巻いた程度のものなのだが、これを運動魔法使いらが自立制御させている。
つまり、自在に後退前進も行える「生きた盾」といったところだ。
これならいくら撃ち抜かれても死ぬことはないし、数さえいればその後ろにいる本物の兵士、つまり自分たちにまで弾が到達することもない。
ちなみに布製なのは、銃弾を受ける場合は鉄板よりもその方が効果的なようなのと、また、運動魔法の負担を減らせるという利点があった。
「まったく。先の内乱の折といい、あの娘の作戦には感心させられますな」
「魔法による攻撃が通用しないのなら、魔法は防御のみに徹して、普通に攻撃をすればいい。単純なことですけど、魔法に頼ることに慣れた僕たちには思いつきにくいことです」
「しかも敵の主兵装は銃であるから、最初から突撃してくるようなことはしてこない。そうして、足が止まったところを狙い撃つ。しかし、まさかこれほど上手く行くとは……」
クーヘンバウムの銃弾は相も変わらず無機質なかかしを貫き続ける。
その一方で、前衛の幻らを適度に倒されたように細工する。
あまり手応えがないと、すぐにも怪しまれてしまうからだ。
「敵が少しずつ後退を始めたみたいだ。こちらも前進しましょう」
「いや、矢の射程圏内ならばもう少し耐えるべきですリチャード様。敵は恐らく一旦後衛と交代して、弾の補充を図るはず。さすればすぐまた猛攻が始まるでしょう」
「なるほど──うん?」
屈折させた視界の先。
テオフィールの言う通りに敵の前衛に動きがあったかと思っていたが、それはどうやら違うようだ。
「どうされました?」
「……どうやら出てきたのは兵士ではなく、例の巨大鉄砲のようですよ」
リチャードは一目見ただけで、それが報告にあった「落石を破壊した巨大な銃」だと理解した。
大きい、なんてものではない。人がそのまま入れそうなほど大きな銃口。
あんなものを撃たれては確かにひとたまりもないだろう。
(やるしかないか……)
リチャードの頬を冷や汗が伝う。
そして、聖剣を握る手に力がこもった。
「やけに手薄だな」
もう玉座の間は目の前だというのに、これまでに門番を含めて5人しか敵兵を見ていない。
しかもそのどれもが、まるで訓練を受けていない新兵のようだった。
「それだけカナン攻略に本腰を入れてるってことだろう。だからこそ俺たちが急がなきゃならない。余計なことは考えるな」
「しかし、これはあまりにも……」
疑念を抱くアルフレドだったが、急がなければならないのもまた事実だ。
周囲に細心の注意を払いつつ、そして何よりもエレノアの身を案じつつ、アルフレドはディルクらの後を追った。
「この玉座の間を抜ければ、王の部屋だ。そこにここの責任者がいるはずだ。そいつさえやってしまえば──」
「そこまでだ」
正面から、声。
そこには軍服を着た中年の男、ここの現在の留守預かり兼総指揮を任されている、マルクスがいた。
マルクスがパチンと指を鳴らすと、ディルクたちの前後から銃を持った兵士数十人が現れる。
「な!?」
「我々とて素人ではない。貴様らの浅知恵などお見通しだ。過去にもこういった愚かな行為をする連中は多くてな。そして我々としても、わざわざこちらから出向くより、そちらから飛び込んでくれる方が始末が楽なのだ」
マルクスはそう言うと右腕を上に掲げ、そしてその場にいる全員に指示を出す。
「撃ち殺せ」